4-女魔術師は樹海に
それは、偶然の出来事であった。
ストレアの町から離れた洞窟に、夜間にしか咲かせない薬の素材となる貴重な花を採取して来た帰り道。
その日は昼頃からやけに大気のマナの様子がおかしく、外出はその監視も兼ねていたのだが、日が落ちるとそれは悪化し、月が正中する時にはいよいよもって異常事態であった。
「どうなってるの……? まさか大災害の前触れなんてことないでしょうね……」
私は馬を走らせ、その現象の中心部へ急いだ。
首都シャムトより北東に位置する広大な樹海は古くよりゴブリン族の住処として知られる地域である。
獲物を誘い込む『籠の森』、木の実や野草が豊富な『庫の森』、居住に最適な巨木や泉が存在する『座の森』の三層からなり、問題の現象は『籠の森』で起きているようであった。
ゴブリン族は人間がこの地に住み始める頃から存在する妖精の一種である。彼らは自らのテリトリーに厳戒で侵入してきた外敵を容赦なく駆逐する。集団で行動し、性格も非常に残忍で冷酷――とされている。
あの樹海は人間と敵対する魔族の領域を牽制するように広がっている。ゴブリン族は魔族とも相容れないため、あの樹海は魔族の侵攻を阻む天然の要塞なのだ。
その場所で異変が起きているとすると、もしかしたら結界でなにかが起きたのかもしれない。
人間と魔族との領域を隔てる結界。それは大昔に存在した聖女によってもたらされた守護の結界だ。それのおかげで人類は魔族との戦争を1000年近くも防ぐことができている。
結界は樹海北西部にあるドラン山脈を境界にして展開し、洞窟や川沿いの渓谷からすらも侵入を阻む。
もし、結界に抜け穴などが出来てしまえば――魔族領域との玄関口になってしまう。
そうなったら、1000年続いた平和に終わりが告げられる。
「いくら予見されていた事とはいえ、その日が来たとなると……」
結界には限界を迎える日が来るという伝承があり、その日も間近に迫っていたという事実も知っていた。
だが、その日が今日だと一体誰が予想できようか。
とりあえず城には文は送ってるし、確認だけでもしなくてはいけない。
これでも私は宮廷魔術師筆頭補佐なのだ。国の一大事かもしれない時に私が動かねばどうする……!
そうして樹海の入口が見える丘に差し迫ったとき、突然私を馬が何かに怯えるように嘶いた。
「ヒヒィーーーーンッ!!!」
「えっ、いやちょっと!」
道の真ん中で急停止した馬は口からあぶくを振りまきながら、蹄を打ち鳴らすように大暴れて、鞍に乗っていた私はたまらず振り落とされる。
「いったぁっ!」
大地に身を投げ出されて痛みに耐えながら起き上がる頃には、私を乗せた馬は来た道を引き返して走り去っていった。
「あ、いや、待ってよ、ジョセフィーーーーーヌ!」
愛馬によって原野に一人置き去りにされた私。しばらく呆然としていたが、首を振って気持ちを切り替えて振り返る。
「……しっかりしなさい、ルア。あなたはもう立派な一人前の魔術師なのよ」
そう自分に言い聞かせて振り向いた瞬間、私は踏み出しそうになった足を思わず静止した。
「な……に………これ……?」
見間違いだろうか、それとも場所を間違えていただろうか。
この丘を越えた先、ヴェンテーヌ川の対岸が樹海の入口『籠の森』であったはずだ。
日が昇っていれば、山脈の麓まで広がる延々とした深緑の樹林とその奥の『庫の森』に広がる赤や黄色などの色彩豊かな木々のグラデーションが一望できたはずなのだ。
それがどうであろうか。
月に照らされたそこは何もない変わり果てた荒野が広がるだけであった。
「うそ……こんなのって………」
遠くからでも確認できる。木はおろか草花一輪すら存在しないこげ茶の地膚。木の根すら残らず、真っ平らに均されたような地表にはもはや息づく生命など感じ取れないようだ。
しかも、影響は『籠の森』だけではない。ヴェンテーヌ川のこちら側も草木がまるごと消え去っているのがわかる。
私の立つ丘陵を境にして荒野が広がっているのだ。
視線の遥か遠方に『庫の森』が剥き出しになっているのが確認でき、左右の奥方にも目を向ければ『籠の森』がある程度残っているのも見えた。
どうやら無くなったのは『籠の森』の一部で済んでいるようだが、ゴブリン族にとっては多大な影響だろう。
「どうして、こんな……」
一体何が起きたのか調べようと一歩踏み出そうとしたとき、またもや私の足が止まる。
「なによ……この聖素は……」
魔術師である私だからこそ気付けた。
荒寥とした大地に漂う高濃度の魔力の気配。
人体はおろか生命体全てに害を為すそれであればこの光景の原因となるのも頷ける。
だが、この規模は……!
自然災害でもこうはならない。人為的だとしてもこれだけの聖素を放出できるのは魔族の王ですら困難であろう。それこそ、人智を超えた神のような存在でなければ。
どうする……? 一度城に戻って調査隊を編成するべきか。幾らなんでも私一人には荷が重すぎる。
せめて私と同等の魔術師――それこそ私の師匠である筆頭魔術師の手を借りるしか……。
「――えっ、今のって……!?」
思考の傍ら、遠くの森の方で一瞬何かが光った。残った『籠の森』の入口近くの方だった。
迷ってる暇は無い………!
「ローウィルコーズ、羽衣は側に」
呪文を口ずさみ、対聖素防護魔術を自身に施す。そして風の魔術も同時に発動させて宙に浮き上がった私の身体は目的の地点へと一気に飛び出した。
「私はルア・ラ=クオリア・マクナ・ストロハイム。アルトリアノ王国の筆頭魔術師補佐にして【
そうして私は、未知なる脅威を探るため謎の光がした方へと向かうのであった。
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