5-妹たちはおやすみ中
なんとなくあたたかい感じがした。
息苦しい夏の蒸し暑さではなく、日向ぼっこのような快適さ。
全身が羽のように軽く、どこまでもふわふわで目を閉じればいつまでも寝てしまえるような、そんな感覚だった。
あぁ〜アカン、もうずっと寝てたいわぁ〜。
なんか大事なことを忘れているような気もするし、もう起きないとヤバいような気もするけど、この心地良さには誰も勝てない……。
「―――――――――――」
ん? 何か聞こえたような。
「――――――、―――――!」
まぁ、ええわ。もうちょい寝とこ。
「――――ゃん、――き――!」
んん〜〜? なんや、うるさいなぁ……。
「お―――ゃん、お―――て――!」
ウチは最高でハッピーな極楽浄土にいるんや、邪魔せんといて……。
「うわぁーーーーー起きろぉーーーーーお姉ちゃあーーーーーん!!!!」
「ぐびやぁああああああばばばばばばばぁーーーー!!??」
どうやらウチは実の妹に両足を捕まえられて地面を引きずられたらしい。
しかも顔を下にして。
数分後。
「おい、コラァッ! 何しとんねん、ヒメカァ!? ウチのガンメンを傷だらけにするつもりかぁっ!?」
「だ、だって! あんなに呼んだのに起きないから……!」
「だからってあれは無いやん! こんな地面で引きずられたらウチの顔がおろしたての大根みたいになるやん! デコボコやん!?」
「よ、余分な角質がとれてお肌がキレイになるんじゃ?」
「……ほぉ? じゃあ、今度はヒメカの顔でやってみようかぁ……?」
「あ、ごめんなさいお姉ちゃんわたしが悪かったですもう二度としませんこんどはぜったいやさしく起こしますから許してくださいなんでもしますからあああああああばばばばばはばばばばーーーーーー!!!」
とりあえずその辺りを二周半回って許してやった。
まぁ、遠慮しなくともウチとヒメカのガンメンはこのくらいで削れるほどやわじゃなかったが。
「やわだよ、わたしの顔がじゃがいもみたいになっちゃうよ!」
「ウチの顔がじゃがいもになっても良かったんか?」
「お姉ちゃんは面の皮が厚そうだったから平気かと……」
「それってほめ言葉なん?」
なんとなくだがヒメカの言ってることに違和感があるのは気のせいだろうか。
「そ、そんな事より、大変なんだよ! ユウくんがいないの!」
「なんやて…………!?」
「それだけじゃない、お兄ちゃんやお母さんもいないの!」
いつもはおっとりとしていて大人しいヒメカが今は長い髪を振り回してとても取り乱している。状況を察すればそうなってしまう気持ちもわからないでもない。
とにかく現状を把握するためにウチは地面に腰を下ろしてヒメカの話を聞くことにした。
妹の話によるとウチらは野山に遊びに出かけた帰りに大きな土砂崩れに巻き込まれて乗っていた車ごとぺしゃんこになった。
その辺りまではなんとなくウチも記憶していて、たしか記憶が途切れる直前に兄のヒロトが車の助手席から飛び出していたのを思い出した。
「それで、わたしが目覚めるとこんな所にいて……」
視線を巡らせれば見知らぬ森の中、不自然に草木の生えていない地膚がむき出しになった場所にウチと二人で眠っていた。
誰かに救出されたにしては人の気配がなさすぎるし、天気の様子も大雨と風が吹き荒れる嵐の真っ只中から月明かりが照らす晴々としたものになっているのもおかしい――とのことだ。
「それに何より、ユウくんがどこにも見当たらないの……。もしかしたら、わたしたちが眠っている間に一人で森の中に入ってしまったんじゃないかと思って。ねぇ、どうしよう、お姉ちゃん!」
「まずは落ち着くんや、ヒメカ。今ここでパニクっても悪い方にしかならんの、いつも分かっとるやろ?」
「――――う、うん」
ヒメカはいちおう落ち着きを取り戻したように、一度深呼吸をつく。
――ほんと、ヒメカはユウトのことになると気がはやるなぁ。
宮田家の次女であるヒメカは根は真面目で器用なところはあるけど、たまに要領が悪く、何かしらのドジをしでかしがちだ。その分なのか、人一倍面倒見の良いというか、とにかく世話焼きなのだ。
とくに末弟のユウトに対しての甘やかしは血の繋がったウチら姉妹といえど若干引く部分があるほどだ。
まぁ、ユウトの境遇を考えればそうなってしまうのも仕方がないし、ウチもウチで人のことは言えない部分もあるけど……。
「ところで、ヒメカ。ウチら車の中に乗っていたはずよな?」
「う、うん。そのはずなんだけど、近くにそれらしきものはなかったよ」
「そうじゃなくて、なんでウチら助かったんや。なんとなくやけど、たしかに車ごと押しつぶされたような気がするんやけど」
「やめてよ、お姉ちゃん……そんな怖い出来事、思い出したくないよ……」
「あ、すまん…………」
ヒメカの顔が暗くなり、元気なく項垂れるのを見てウチはきまりが悪くなって顔をそむける。
要領が悪いのはウチも同じだ。気の利く返事なんて返せそうにない。
ウチら四兄妹は全員が同じ日に生まれた四つ子だ。四つ子だけど、一人ひとりの容姿も性格もまるで違う。
長男のヒロトは頭脳明晰でそこらの大人なんかよりもずっと頭がいい。家計の苦しい宮田家のために進学する先は入学金や授業料が免除になる特待生を狙っているほどだ。運動音痴なのが玉に
長女のウチは家族の中で一番喧嘩が強い。近所の悪ガキどもには負けない自信もあるし、中学生相手にだって負けるつもりはない。テストの点数は……まぁ……べつに……体育の授業だけは良いから大丈夫だと思う。
次女のヒメカは先ほど述べた通り、世話好きでドジっ子。兄ほどではないにしろそこそこ勉強はできる。料理の腕も母に次いで良いし、家事全般もたまにやらかすことはあるが一応ひと通り任せられている。他に秀でたところでいうなら、めっちゃ運が良いってところかな。あと動物によく好かれる。
そして、末弟のユウトは――――大切な存在だ。
たとえ如何なる存在が立ちはだかろうとも、ウチら家族が一丸となって守らなくちゃいけない、可愛い弟で大切な家族の一人だ。
この生命をかけても、絶対にユウトだけは守ってみせる。
その気持ちだけはきっとヒメカにも負けないと思っている。
「…………とにかく、ここから離れるか、ヒメカ」
なにはともあれ、今は逸れた家族の誰かと合流するのが先決だと思う。なんとなくだけどこの場所に留まっても何も進展しないような気がするし、この場にヒロ兄ちゃんがいたらそう言うと思う――たぶん。
「ほら、いくで…………ってどうした、ヒメカ?」
立ち上がるウチに対し、ヒメカは振り返ってなにやら背後の森の方をじっと見つめていた。
「なにか……何かに見られているような気がする……」
「何か? 何かって?」
そう聞き返した瞬間、背筋に恐ろしくゾワッとした何かが這い回るような感覚を覚えた。
――んなっ、いまの……!?
うまく言葉にできないが、まるでお腹の中のはらわたを全て引きずり出されるような感じ。ヒメカの向く先から、ウチが睨んだ森の方向から確かに感じる、突き刺さるようなナイフのような錯覚。
いや、ちゃう……これは……!
錯覚なんかじゃない。そう思ったときには既に身体が動いていた。
「ヒメカァッ! 危ない!!」
とっさにヒメカの腕を引っ張り、真横に向かって飛び出した瞬間、空気を切り裂くような音が耳の傍を通り抜けた。
「うぐっ!」
「きゃあっ!?」
お互いの身体が地面に転がって、少し膝を打ったような痛みが走る。しかし、今はそれにかまっている余裕などなかった。
「ヒメカ、無事か!?」
「う、うん……!」
声掛けしたのもつかの間、また再び背筋に悪寒が走る。
「避けるんやッ、ヒメカ!」
叫んだ直後、先程の方角から何か素早いものが飛んで来るのが見えた。月明かりの真下、ほんの僅かな時間でも永遠かと思うほどゆっくりとした視界の先で、三つ並んだ切っ先を捉えた。
あれは――――矢じり…………!?
それはまるで大昔の人間が狩猟で使っていたような石製の、長い木製の軸と風切り羽のついた本格的な矢。
それが、自分たちに向けて飛んできたのだ。
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