3-アルトリアノ城にて①

 俺たちが連れてこられた場所は、アルトリアノ王国の首都シャムト、その王城アルトリアノ城だった。


 都市のつくりは水堀を備えた三層の城壁からなり、一番内側が城、その外側が城下町になっていた。都市の周りを囲う巨大な堀には北側に流れる川の水を引き込まれ、南側には巨大な湾が広がっている。いかにも、俺が現実の世界で目にした漫画やアニメの中に出てくるような西洋風の都市であった。


 巨大な飛竜が運搬するゴンドラに乗ってこの場所に来た当初はファンタジー感あるその雰囲気にそれなりに心躍るものがあったが、城に到着した直後、その思いは踏みにじられることになった。


 俺たちが王城に入る前のことだ。


 ユウトはまだゴンドラの中に設置した結界の中ですやすやと眠っていて、彼を起こそうとアイカらが近付いたとき、あの飛空騎士団の団長という男がユウトとの間に立ちふさがってきた。


「貴様らはそこから動くな!」

「あぁんっ!? なんや、われぇ!」


 アイカが銀の鎧を纏う彼を睨み上げると、金色の長槍の先が彼女の眼前に突きつけられ、ヒメカや俺はもちろんのこと、ゴンドラの中にいた全員が息を呑んだ。


「そこを動くなと言っている、ゲロガキめ。貴様、よくもこの神聖な王城を汚してくれたな」

「はぁ? なに言っとんねん、こいつ……!?」

「ち、ちょっと落ち着け、ヒメカ……!」


 身にまとうシーツを放り投げて素っ裸で殴りかかりかねない彼女を俺は後ろから羽交い締めにしてどうにか引き止めた。


「ヘイル、やめて下さい。彼らに乱暴なことは許しません」

「ルア殿、しかし……」

。ここは私に任せて下さい」

「…………っ」


 毅然とするルアさんに彼は何か言いたげそうにするも、口を噤んでアイカの方を一瞥しながら向けていた槍の切っ先を下げた。


 ルアさんはリーエルさんに支えられるように立ち上がり、ゴンドラの真ん中まで歩み寄ってユウトを閉じ込める結界の側に近付く。


 その様子を俺を含めたアイカたちはただ黙って見つめていた。


「みなさん、すみません。ユウトさんはしばらく私が預かります」

「あ、あの……ユウトは……」

「大丈夫です。身体から放出される聖素を抑えるために処置を施すだけです。危ない目には合わせたりしませんから」


 そう言ってルアさんは、ゴンドラの前に集まっていた白いローブを纏った人たちに指示を投げかけながら結界の中にいるユウトに何かしらの術をかけているようだった。


「あ、あの、ルアさん! わたし、ユウくんの側につきそいたいです!」


 身にまとった毛布の端をギュッと掴みながらヒメカが前に出ると、ルアさんは首を振った。


「皆さんはまず着替えと治療を受けて下さい。傷はあらかたリーエルが治してくれましたが、ユウトさんによる聖素の火傷はそうもいかなかったので本格的な処置をすべきです。ユウトさんは私に任せて下さい」

「ルアさん……でも……!」

「ウチからも頼みます!」


 ヒメカの横からアイカもルアさんに嘆願しに割って入る。アイカにしてはやけに低姿勢で珍しい光景だった。相手がルアさんだったからなのか。 


「皆さんが特別な身体とはいえ、体力の消耗が激しいのは明らかで……」

「わたしは大丈夫ですから!」

「ウチだって平気やぞ!」


 子供の身体にしては大きすぎな布のシーツを引きずって二人は必死に訴えかける。


 疲れて滲む色の悪い相貌、乱れた髪の毛、聖素に焼けた痕が赤く残る肌、あまりにボロボロな彼女らがルアさんに必死にすがる様は、あまりにも痛々しかった。


「やめろ、二人とも」


 俺は後ろからヒメカとアイカの肩を掴む。思いの外強かった二人の身体を無理矢理ルアさんから遠ざけるように引き寄せた。


「お、お兄ちゃん!?」

「なんや、ヒロ兄。どうしてウチらを止めるんや!」


 アイカが俺の手を振り払おうとすると、白い包帯に巻かれた右腕がシーツから一瞬見えた。ほんの数刻前にこの国の兵に射られたばかりの傷痕はすぐにシーツの陰に隠れる。


「ヒロ兄は心配やないんか!? ユウくんがウチらのおらんとこに行くんやで!」

「バカ言うなって! 俺だってユウのことは心配してるし、お前たちのことだって……」


 と、そこで言葉を続けようとしたところで、突然頭の中がぐらりと揺れて、自分の膝が崩れ落ちてその場にしゃがみ込んでしまう。その反動で眼鏡が顔からこぼれ落ちて床に転がる。


 意識ははっきりしているが、身体が言うことをきかない。だるいという感じではなく、手や脚の感覚が突然途切れるような未体験な不気味さがある。


(これ、身体の中にある魔力みたいなのが枯渇しかかってるからなのか……?)


 ゴブリンの樹海でルアさんの見様見真似で無理矢理魔術を使ったことや、あの飛竜に乗ったヘイルとかいう騎士からユウトらをかばっていたときに密かに魔力を消耗していたことが起因になっているのだろうが、思いの外かなりきつい。


「ち、ちょっと、ヒロ兄……!?」

「どうしたのお兄ちゃん!?」


 戸惑いながらも心配そうに駆け寄る二人。後ろにいたルアさんたちも異変を察知してこちらを覗き込んでいる。


「リーエル、ヒロトさんたちを頼みます」

「は、はい!」


 ルアさんからリーエルさんが離れ俺の元に駆け寄り、その間ルアさんは部下たちが持ってきた荷台にユウトをゴンドラの結界の中から移す作業に入った。


「ち、ちょっと……ルアさん!」

「まだ、ウチらの話が終って……」

「二人とも………いい加減にしろ……!」


 ルアさんたちを止めようとするヒメカたちを俺は床に伏せながら叱責する。


「俺たちがいてもどうにもならない。今のユウに起きていることをどうにか出来るのは、ルアさんたちしかいないんだ。今は、ルアさんを信じよう……」

「ヒロ兄…………」

「お兄ちゃん……」


 妹たちの声が、小さくなって項垂れる。


 なんて……なんて、情けないんだ、俺は。


 本当ならば長男の俺がどうにかしてやりたかった。


 ユウトを助け出すどうのこうのではなく、ヒメカたちを安心させてやるのが俺の役割だったはずなのに。


 今の俺には、魔力が尽きかけて消耗しきった姿を見せることしか出来なかった。


 ユウトが荷台のようなものに乗せられルアさんとその部下たちと共に王城の中へ運ばれていき、ヒメカたちがその後を追いかけて行きたがったが、魔力の消耗で伏せる俺のことも気になった様子で、結局大人しくリーエルさんの指示に従った。


「ヒ、ヒロトくんでしたっけ、ちょっと診てもいいですか?」


 金色の前髪の隙間から澄んだ青い瞳が俺の顔の前にまで近付いてくる。彼女もルアさんのように端正で綺麗な顔立ちで少し見惚れそうになったが、魔力が尽きた今は意識を保つので精一杯だった。


「んー、やっぱり体内の本魔力オドの低下ですかね。飲み薬ポーションは全部ルアさんに使ってしまったので救護室で貰いに行きましょうか」

「そうですか……じゃあ……」


 そう言って床に落ちた眼鏡を拾い上げて、なんとか立ち上がろうとすると、足元がふらついてその場に倒れかける。


「おっと、無理しないで下さい」

「す、すみません……」


 とっさにリーエルさんが俺の身体を抱きとめてくれたものの、このままでは救護室とやらに向かうのも一苦労かに思われた。


「うーん……あ、そうだ。一旦、私の魔力を分け与えましょうか」


 何か思いついたようにリーエルさんは、俺の頭を抱きかかえたと思うと、ぐいっと自分の胸元の方へと引き寄せた。


 そして、むにんと。なにかとても柔らかな感触が顔面いっぱいに包まれるのを感じた。


「えっ」


 もしかしなくても、これって………!


 分厚いローブに全身を覆い隠されて、見た目では分からなかった彼女の、想像以上に大きくてふかふかしたものがそこにはあった。


「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!??????????」

「おっと、恥ずかしいんですか? ふふっ、異世界人でもちゃんと子供らしくて可愛らしいですね、あなた」


 何やら楽しそうな感じでリーエルさんはもがく俺を抱きしめて離さない。俺は、振りほどきたくても全身が言うことを聞かなくて、彼女の豊かなクッションに埋もれて唸り声を上げることしかできなかった。


「ヒロ兄、おっぱいに挟まれてなに喜んどるねん」

「お兄ちゃん、スケベだ……」

「ふぉ、ふぉまえりやぁあ〜〜………!」


 リーエルさんの治療(?)の甲斐があってか、身体の怠さはある程度とれたものの、変わりに耐え難い羞恥心が俺を襲ったのは言うまでもない。

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