12-ぶりーふぃんぐ

 眼前の森の闇の向こう、先陣を切る数体のゴブリンの戦列が木漏れ日のような月の光に断続的に照らされながら木の枝の上や木々の間を縫ってこちらに向かってくるのが見えた。


「ルアさん、あいつらの姿が……!」

「下がってください」


 ヒロトに目配せしながら左手に持った杖を揺らし、呪文を唱える。今度は水属性の魔術だ。


「アクリィルコーズ、ルピルト、リアハーフス、水壁よ波と化せ」


 目の前の地面に立てた杖の先から半円筒状に水が湧き出て、辺りの落ち葉や枯れ枝をどんどんと森の方へと押し流していく。


「ギギッ!?」

「クキャァー!!」


 やがて水流は巨大な高波と化し、背の高い木々の上部までそびえ立つ。せり立つ壁のような大波が森の中を洗いざらい流し、ゴブリンたちの進行を押し返しいていく。波は一つに収まらず、何度も杖を起点にして発生している。


「す、すごい……! これであいつらここまで来れないんとちゃうか?」

「いえ、こんなものは時間稼ぎに過ぎません。迂回すればどうとでもなるし、『神霊』相手にはさざなみ程度ででしょうからいずれ突破されます」


 しかし、作戦を立てるまでには充分であろう。さて、如何にして立ち回れば良いだろうか、とヒロトたちの方を見て考える。


 ゴブリンたちを相手に手加減というのは難しいものがある。しかし、そのために彼らに犠牲を強いるのもしたくない。


 懐に忍ばせている魔晶石ジュエルの総数は、基本四属性のが大小合わせてそれぞれ四つずつ、闇属性用のは六つあり、聖属性のは以前ヒロトの魔術を防ぐときにすべて使い切った。


 これらの魔晶石は『種石』と呼ばれる魔術の発動に用いられたり魔術の補助を行うものだ。私は基本四属性(火・水・風・土)ならばこれら無しでも発動できるのでもっぱら魔術の強化に使う。


 大気中のマナは『神霊』が召喚された事で大分減衰している。そもそも、ヒロトたちが転移してきた時点でこの付近のマナはかなり不安定であった。しばらく魔術に利用するのは難しいだろう。


 つまり、この場面では手持ちの魔晶石の運用次第ということになる。いざとなれば長杖に装着された虎の子の【四極星石クオーツ】まで使うことも検討せざるを得ない。


 やはり、彼らに頼らざるを得ませんか。


 いくら異世界人といっても所詮は子供。戦いの術も心構えもできていない者たちに、さてどう指示を与えたものか……。


「ヒロトさん、これを」


 私は腰のホルスターから木製の本体に魔法鋼ミスリルを用いた銃を取り出しそのバレルの装填部分に黄魔晶石をセットして渡した。


「は、はい……えっと、ルアさんこれは?」

「魔導銃です。その部分を引くと魔力の弾が飛び出して攻撃できます。威力を調整してあるのでゴブリンたちを殺さずに撃退できますが、自分の魔力を消費するのでくれぐれも撃ち過ぎせず、危険になった時のみに使ってください」

「じ、銃なんて俺使ったこと……」

「それには自動的に相手を追尾するように出来てますからだいたい狙えれば大丈夫です。試しにあの木の種子を撃ってみて下さい」


 そう言って高所の枝先に付いている、かさの開いた木の種子を指差し、彼は戸惑いながらも両手で構えて銃口の先を上に向けた。


 ふむ、銃を最初に見た人はだいたい変な持ち方になるのだけれども、彼は慣れているというか、常識としてあるような気がする。もしや異世界にも同じようなものが――


 なんて知的好奇心を発揮しながら彼の射撃を見守っていた時、銃口から鋭い魔力の膨れ上がりを感じてゾッとした。


「うわあっ!」


 ヒロトの素っ頓狂な声とともに銃口から飛び出た魔力の弾丸は空気中に存在する魔力の塵(とても小さな純魔力マナのこと)をバチバチと弾く音をかき鳴らしながら突き進み、頭上にあった種子ごと成木の上部を吹き飛ばした。


 森の木々の二、三本の幹はかっ飛ばして夜空の彼方に魔力の弾丸は飛んでいった。


「…………………」


 無言で穴の空いた森の方に目を向けて、とりあえず放心した余りにゴブリンたちを退けている水魔術をうっかり解除してしまわないように気はしっかり保っておいた。


「えっと……あれ、これ銃ですか?」

「…………いちおう護身用のです」


 威力的には大砲ぐらいはあったが。


 使い手の魔力で威力が変わるのは承知してたが、ここまで変わるとは思わなかった。逆に壊れないで原型保ってるのがすごい。作った人はきっと天才だ。まぁ、私なんですけどね。


「一旦それをこちらに。調整し直します」

「アッ、ハイ……」


 ヒロトの手から銃を返してもらうと中の機構を手早くイジり、装填していた魔晶石を【風属性】のものと交換する。ゴブリンの属性とは相殺関係にあるが、ヒロトの魔力だと関係ないだろう。


 私が一度試し撃ちすると吐息レベルの弾丸しか出なかったが、ヒロトにもう一度渡してみると機械弓クロスボウぐらいの威力になっていた。


 まあゴブリンならなんとか耐えられるだろうと楽観的に判断しながら、私は視線をアイカの方に向けた。


「アイカさん、あなたは素手での戦闘が得意でしたね」

「んー、いや、正直どっちでもいいというかなぁ、棒術とかヌンチャクとかはカンフー映画で見とるから慣れてるけど、剣道とか薙刀とかはあんま見たことないから要領が分からないねん。そもそも手に何か持ってること自体あまりないからステゴロになるっちゅうわけで」

「…………えっと、つまりどういうことですか?」


 カンフー映画がというのはともかく、見たことあるからできるからとか、見たことないのは分からないとか、彼女の主張にいまいちはっきりしなかった。


 そんな疑問に答えたのは彼女ではなく兄ヒロトの方だった。


「ルアさん、アイカは一度見た動きなら真似できるんですよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「ただ真似できるだけちゃうで、自分なりのアレンジも効かせられるで!」


 そう言ってアイカはその場で跳んで空中を一回転して、中腰になって目の前の木を睨み、一気に駆け上がる。


「ギギッ、グエッ、て感じで!」


 取っ掛かりの少ない木の幹を他の木を踏み台にしながらどんどん上部に登ってぐるんと太い枝に両手でぶら下がる。そして、反動を付けて木の幹から幹へとしがみついて移りわたり、徐々に下の方へと下がっていく。


「お姉ちゃんまるでお猿さんみたい……」

「いや、ちがう。あれは猿じゃなくて……」

「まさか、ゴブリン!?」


 木の枝に掴む、幹を踏みつけ木を登るなどのあらゆる動作の一挙手一投足の全てが『森の賢人』そのものを彷彿とさせた。


「言っておくけど、ウチのはただのゴブリンやないで、スーパーウルトラダイナミックギャラクシーゴブリンや!」


 木の枝から跳躍し、一回りしながら地面に着地したアイカは得意気な顔でそんなふうに言い放った。言葉の意味は分からなかったが、とにかく身体能力には自信があるようだった。


「頭の悪い言葉づかいはやめろアイカ。意味がわからなくてルアさんが困ってるだろ」

「何が頭悪いんやぁっ!? 兄ちゃんだってこっそり『闇の右眼がぁ』とか『聖魔龍邪天なんとか』とかやっとるやんけぇっ!」

「おい、やめろ、なんでそれ知ってるんだ、バカ!」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、今は言い争ってる場合じゃないよぉー!」


 緊張感の欠片もなく兄妹で罵り合いを演じる二人の間に割って入るヒメカ。色々気になる単語が飛び交ってたけども、今は気にしている場合じゃあなさそうだ。


「そうですね、とりあえずアイカさんにはこれを」

「おお、うちにもなんか凄そうなのくれるんか!? えーっと、なんかただの棒みたいなものやけど、これにもめちゃすごい機能ついてるんやろ、おねぇさん?」

「いえ、それはただの木の棒です」

「付いてないんかいッ!!」


 悔しそうに地団駄を踏むアイカ。いちおうそれも護身用の警棒だったりして割と高価な代物ではあるのだが。


「まぁ、落ち着いて下さいアイカさん。今からそれに魔法付与エンチャントを施しますので」

「えんちゃんと?」


 ピンと来てない彼女に言うより見たほうが早いと思ってアイカ手に渡された警棒に向けて手をかざし、手近な魔術を唱える。


「フリームスコーズ、衝撃と破心の意思よ宿れ」


 短剣ほどの長さの警棒に土の属性が付与され、柔く土色に輝き出す。アイカは「おおっ」と驚いた様子でその場で警棒を軽く振って感覚を確かめる。


「これであのゴブリンたちを叩けばいいんやな?」

「はい、気絶作用の強い魔術を施しました。しかし、くれぐれもその棒の部分には触れないように。あなたの持つ属性と反発して魔法付与エンチャント剥がれてしまいますので」

「りょーかいや! これでボッコボコにしたるでぇー!!」


 闘志全開にするアイカ。彼女がゴブリン相手にやり過ぎないだろうかと懸念しているとヒメカが横から私のローブの裾を引っ張っていた。


「あ、あの……わたしには……!」

「えっと……あなたは……何が出来ますか?」

「え、何と言われても……あ、応援とか出来ます! フレー、フレー、ふぁいとぉっ!」

「………………」

「えっと……あの……ごめんなさい……役立たずで……」

「えっ!? あ、いや、別にいいんですよ! 貴方がたはまだ子供なんだし仕方ありません。気にしないで下さい!」


 むしろ戦える人たちがおかしいのです、と思いながら横にいるヒロトとアイカを一瞬見やる。


「ヒメカさんは私の後ろに隠れていて下さい。また移動しながら戦いますので、ヒロトたちも私に付いてきて下さい」

「分かりました、ルアさん」

「おっし、りょーかいや!」


 元気に返事した彼らが私の後方につく。


 そろそろ水魔術の時間稼ぎにも限界が訪れる頃だ。ゴブリンたちが水の壁から迂回して包囲網を敷かれる前に移動しなければ。


「それでは皆さん行きますよ。私が合図したらとりあえず左の方へ移動します。そして、ゴブリンたちを退けながら貴方がたの家族を……」


 後ろにいる彼らに目を向け作戦の説明をしようとすると、ふと何やら彼らが上の方をずっと見上げていた。


「どうかしましたか?」

「えっと、あれって……」

「なんや、あれ……?」

「なにか、空に……」


 不思議がる彼らの見る先に私は視線を追ってみると、先ほどヒロトが魔導銃を撃って穴を開けてしまった森の天井があり、そこから月明かりの眩しい夜空が見えていた。


 そして、遠くの空に眺める丸く浮かぶ月の中に、何やら黒い影が見えた。大きな人影のようにも思えて、それは徐々に大きさを増していた。


「こ、これはまさか……!」


 どこか気を抜いてしまっていたのだろうか。それとも何かしら要因があったのか。私は遅きに失した感を覚えながら、急いで叫んだ。


「皆さん、走って下さい!!」

「えっ?」


 放心して反応の遅れていたヒメカの手を私は掴み、奥の森の方へと突き飛ばした。


 それに続いてヒロトとアイカがそれぞれ別々の方向へ駆け出したその瞬間――それは上空からやって来た。


「ウォオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!!」


 轟く咆哮。


 森を突き破る巨体。


 咄嗟に杖を構えて超短文の防御魔術を展開しようとした刹那、目の前の地面が爆ぜる。


 それは大地の『神霊』の成せる御業みわざ


 木の根が起き、土はめくれ、大地が唸り声とともに隆起した。


 ――ゴブリンの樹海に新たな山脈が誕生した瞬間だった。

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