16-地下牢③
「――おいおい、本当にこんな小汚いところに捕まえてあるんだろうな?」
「ええ、ダレク騎士長の部下から伺っております。たしかに『魔物』の子供を生け捕りにしてあると」
私とお姉ちゃんは聞き覚えの無い声に反応して振り向いてみると、奥からやってきたのは、豪奢な刺繍の施された見るからに上品な身なりをした男の子とその後ろについて歩く執事風の壮年の男性であった。
私はとっさに噛まれた腕を背中に回して、お姉ちゃんの背中の影に隠れる。
「ん? おい、誰かが牢の前にいるじゃないか」
私たちの姿に気が付いた男の子は後ろに編んだ髪の毛をいかにも上品っぽく払いながら、綺麗に磨かれた革靴を鳴らして私たちの前に立つ。見た目的には私たちとほぼ同じくらいの年齢だろうか。身長のほどは若干お姉ちゃんより少し低い程度だ。
「んーと、その格好を見るに城に出向してきた平民のみならい兵士か給仕といったところか?」
「なんや、あんたら。どこぞの貴族かなんかか?」
偉そうな男の子に対しお姉ちゃんは不躾な態度で接する。直感的にだけど、なんとなくこの人はお姉ちゃんと相性が悪そうだと鈍感な私でもわかった。
「おいおい、まさかこの僕を知らないっていうのか? いくら平民風情でも城務めしてるなら分かるだろ?」
「知らん。ウチらは今朝この城に来たばっかりやからなんも知らん」
「む……そうか、それなら仕方がない。ならよく覚えておくがいい。我が名はサリエル・ディン・クリフィンティア。アルトリアノ王国よりはるか南方、世界有数の軍事国家スカーランドの姉妹国にしてユーン大陸最大の近代国家クリフーンの第一王子だ。どうだ、参ったか!」
得意げな表情をする彼に、私とお姉ちゃんは微妙そうな顔をして沈黙する。いったい、何をどう参らせたいのか、そんな事を言いたげな感じがお姉ちゃんからにもひしひしと感じた。
「知らん、そんな国」
「!!!???」
『がぁーん!!』という効果音が聞こえてきそうなほど、バッサリ切り捨てたお姉ちゃんの台詞にショックな表情をサリエルくんは隠せない。
「貴様……いくら平民といえど学が無さすぎる! アルトリアノの同盟国ぐらい常識で覚えておけ!」
「んなことぁ言われてもなぁ。知らんもんは知らんし」
「どういう田舎にいたのだ貴様! 魔族が侵攻してきたらどこの誰が助けに来てくれると思っているのだ、このマヌケェ!」
「はあっ!? 誰がマヌケや、ワレェ!」
「ち、ちょっとお姉ちゃん、落ち着いて……!」
激しい剣幕で狭い地下牢内で罵り合う二人。私の最初の印象が見事的中する形となったが、私はおろおろとしてばかりで二人の仲を取り持てそうにない。牢屋の中で唸り声を上げていた狼さんも気圧されてしまったのか、いつの間にか鳴りを潜めてしまっていた。
「だいたい、何だ貴様のそのなまりは!? アランディアの方言とも違う、やけに中途半端な感じがする!」
「はぁ!? ウチの関西弁のどこがエセやてぇ!?」
「エセもなにも、私たちみんな生まれも育ちも関東じゃん……」思わず口からこぼれてしまった。
「う、うっさいわ!」
私からの突っ込みにやや気後れするお姉ちゃん。彼女の関西弁についてはちょっとした経緯があったりするのだが、今は割愛するべきだろう。
「カントーだかオオサカだか、訳の分からないことを喋るな!」
なんやかんやと声を荒げるサリエルくんであったが、そこに一つの咳払いが場に投じられた。
「コホン――坊ちゃま、もうその辺でよろしいかと」
サリエルくんの後ろにいた執事っぽい人がそう言うと、騒がしい口喧嘩の最中にいたはずのサリエルくんがピタリと動きを止めて、冷静さを取り戻したようにサッと姿勢を正した。
「フン、まあいい。本来なら貴様みたいな無礼な奴は本国では即刻吊るし首だが、異国の地ではそうもいかんだろうしな。大目に見てやるぞ。今の目的はこっちなのだからな」
そう言ってサリエルくんは鉄格子の方に振り向く。突然視線を向けられた狼さんが全身をビクリと震わせて牢屋の中で後ずさる。どうやらお姉ちゃんたちとの喧嘩を見てすっかり戦意が削がれてしまったのか、体力の限界が訪れてしまったのか、もはや反抗する気力が無いという感じだった。
「ふむふむ……なるほどなるほど……少々汚いが、洗えばどうにでもなるか……?」
ジロジロと牢屋の中の狼さんを鼻先から尻尾まで品定めをするかのように眺めるサリエルくん。まるでペットショップでショーウィンドウ越しの子犬を見ている子供を想像して、私はなんとなく胸の中がモヤっとした。
「いかがでしょうか坊ちゃま。お気に召したのなら、大臣殿に交渉して本国に移送してもらうことも……」
「待て、シノルド。んー……いや、なんかいいや。なんとなくダメな感じがする」
私の中のモヤつきが、ざわめきになって騒ぎ始めた。
「なんというか、強いって感じがしない。僕が欲しいのは、もっとこう王に相応しい感じのかっこいいのが良くて。コレは、弱虫な感じだよ。シノルドはどう見る?」
「ふむ……坊ちゃまのいうように、この『魔物』は臆病者の眼をしていると思われます。見たところ子供のようですが……親とはぐれたのか、それとも殺されたのか――いずれにせよ自分で生きる意思を感じませぬ」
「だろーー? 僕は人やモノを見る目はあるんだ。こんなボロっちいやつより、ワイバーンみたいなもっと強いやつが」
「――――っない……!」
小さく、重たい声が、私の理性を飛び越えて眼の前の貴族の声を遮った。
「ボロっちく……ない……!」
「んっ…………?」
話の腰を折られて怪訝そうな顔をした彼は私の方に振り向く。
初対面の人と話すのが苦手な私だけど、彼らに悪く言われた狼さんのために私は右手に刻まれた治りかけの咬み傷に触れながら、彼を睨みつけた。
「あ、あの狼さんは……弱虫じゃない!」
理屈も証拠もない、ただただあの狼さんのためだけの、私ができる私なりの答えだった。
「なんだ、貴様。さっきから黙っているかと思えば……」
そう言って彼は私の顔を覗き込むと、意外そうな表情をして笑みをこぼした。
「ふーん、どうしてなかなか。平民の割には可憐な顔をしている。貴様、我が国で僕の従者として働かぬか?」
「へえっ……!?」
思いっきり敵対心を燃やして睨みつけてやったつもりが、なんでどうして逆に気に入られるような言葉が返ってくるのかわからず、私は愕然とする。
「ちょうど同じ年頃の従者が欲しかったところなんだ。僕の周りにはシノルドくらいしか自由に使える奴がいなくてな。僕の身の回りの世話をさせるのに少々不便だったんだ」
「なんでそんな話に……!」
「まぁまぁ、そう焦るな。正直、いきなり働けと言われて困る気持ちもわからんでもない。しかし、よく考えてみてみろ、僕はクリフーンの王子だぞ。そんな者のもとで働くのはさぞかし光栄だと思わんか?」
よく考えても初対面にいきなり従者になれと言われるのはおかしいし、クリフーンだのなんだの知らないし、王子でもなんでも別に嬉しくともなんともない。
「仕事が気になるか? 安心しろシノルドが全て教えてくれるだろう。賃金も住む場所も与えてやる。食事も服装も僕の従者に相応しいものを用意してやる。クリフーンはいいところだぞ、ここよりも海は綺麗だし文明もアルトリアノよりも発達して最新式の魔晶映写機の映画館なんてものもあるし、今流行のスイーツなんかも格別で……」
「はぁ……坊ちゃま……」
ものすごい圧でまくし立て、私をヘッドハントしようとする彼に、執事のおじさんは困ったようにため息を付きながら止めようと前に出ようとした――その時だ。
「ちょっと、待てや」
アイカお姉ちゃんがサリエルくんと私の間に割って入り、腕を組んで仁王立ちになる。
「……なんだ、貴様に用は無い」
「ウチにもお前に用は無いわ。やけど、妹に手ぇだすんやったらそうもいかん」
「妹……? なるほど、言われて見れば確かに顔はよく似ているな。雰囲気はまるで別物だが」
二人の間にピリ付いた空気がほとばしる。先程まで繰り広げていた口喧嘩とは違う、嵐の前触れのような感覚だ。
「それでは姉君様? あなたの妹君をどうか僕にくれないだろうか? それ相応の謝礼はするし、なんなら二人まとめて本国に迎え入れてやってもいい。僕の従者は多いことに越したことはないからな」
私たちに対する呼び方をやや上品に変えた彼だが、本質的な部分が変わってないので結局のところまるで意味がない。
「お前、さっきから思っとったやけど、女口説くの下手すぎやで」
「…………はぁ?」
「人をモノ扱いすんなや、このすっとこどっこい!」
「――――ッ、なんだと……!?」
お姉ちゃんの激しい剣幕にサリエルくんは一瞬気圧されそうになるが、すぐに睨み返す。今にも飛びかかろうとする彼に背後にいた執事のおじさんは慌てて肩を抑えて止めに入った。
「坊ちゃま、なりません。相手はただの庶民です」
「止めるなシノルド。僕は舐められるわけにはいかないのだ」
執事のおじさんの進言を退けるように肩の手をはねのけ、お姉ちゃんに向き直ってさらに一歩前に詰め寄った。
「この国は世界でも珍しい〈封建国家〉らしいな。それもかなり古くから続く由緒あるものだそうな。それに古い習わしとしてあるのだろう? 対立した両者がお互いに何かをかけて争う取り決めが」
「…………はぁ?」
訝しげなお姉ちゃんだったが、彼の言わんとしていることは私でも何となく察せられた。
「決闘だ、貴様の妹をかけてこの僕と勝負しろ!」
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