13-休息時間〜斜陽
太陽がやや傾きかけたころ、ヒロトたちはリーエルと共に城の下層の城壁を訪れていた。
あの毒入り朝食の騒動の後、ふたたび安全な食事を取らせてもらいながら自由行動となった彼ら。仔細の確認をとりに行ったルアを待つ間までだが、この城の敷地から出られるわけでもないのでヒロトたちは結局手持ち無沙汰になって救護室で寝ているしかなかった。
そんな彼らをリーエルが気を利かせて外の空気を吸わせようと城内から連れ出してくれた。
しかしそこまでは良かったのだが、何もない城壁の上からはやはり城下の街を見下ろす以外にやることもなく、無駄にだっ広い空間にぽつりと置かれた小さなベンチとテーブルに集まってぼんやりと時間が過ぎていた。
「暇や……」
のどかな風とアイカの独り言が城壁の上で切なげに転がる。
周辺は城壁の上に築かれた見張り塔のような建物のおかげで日陰になっており、その中でベンチに座るヒロトはルアから貰った異世界の書籍に黙々と目を通していた。
先程まで元気いっぱいに走り回っていたユウトと彼を止めるために追いかけていたリーエルも今はヒロトたち近くにて休んでいる。
そしてアイカは側面の胸壁に突っ伏して退屈そうに城壁の上からの景色を眺めていた。
城壁の真下にある中庭では花や泉のような庭園じみたものではなく、土と石ころが混じる広いグラウンドのようになっていて、どうやらそこは訓練所かなにかのようで比較的若い多くの兵士たちがお互いに槍を模した棒や木剣を使った訓練に精を出していた
そんな光景をぼんやりと眺めていているのに流石に飽きたようで溜めに溜めたため息を盛大に吐いて石畳の上に背中から倒れ込んだ。
「はぁ~なんか、アイス食べたいわぁ……」
そう言って彼女は現実世界のコンビニのショーケースをなんとなしに思い浮かべながら異世界の空を見上げる。
すぐ側ではあいも変わらず笑顔のまま横になるユウトと全身汗まみれで地面に突っ伏すリーエル。
「ユウくんの相手はリーエルさんでも大変そうやな」
「ぜー、はー……ぜー、はー……お、お気に……なさらず……」
城壁から身を乗り出して脱走しようとしたユウトを全身でしがみついて止めていた異世界の魔術師は文字通り精根尽き果てたようで、白いローブが絶え絶えになった呼吸と共に上下に揺れている。
「ま、まぁしばらくユウくん起きなさそうやし、しばらく休んでも大丈夫やで」
「す、すみません……そうします……」
と言ってリーエルは床にばたりと顔を伏せて力尽きた。
アイカは苦笑しつつヒロトの側に寄って彼の持つ本に目線を落とした。
「なぁヒロ兄、それルア姐さんからもらったやつやろ? 中読めるん?」
「読める。異世界の文字だけど、日本語のようにすらすら読めるぞ。ほら、見てみろ」
そう言われてアイカは手渡された本の中身に目を通してみると、確かに綴られている意味不明な記号の羅列が彼女の良く知る日本語のそれのように見えた。だが、しかしそれだけだった。
「なんか、読めるけど何を言ってるのか分からんなぁ……」
「お前には読解力がないからな。仕方ない」
「はぁっ!? な、なんやて! ウチかてこんくらい……こんくらい……やっぱ無理です、はい」
体育以外通信簿オール2以下の彼女には、算数の教科書のそれ以上に難しく、大人しく本をヒロトに返した。
「せやけど、なんで知らん文字読めるんやろ。文字もそうやねんけど、この世界の人たちの言ってるのも分かるのも意味わからんなぁ。明らかに日本語ちゃうはずなのになんとなく日本語として変換されるというか、変な感覚や」
「ルアさん曰く、俺たちにはどうやら『女神の祝福』とやらがかけられているらしい。それで言葉や文字が分かるみたいだ」
「そんなん、いつどこで誰にかけられたんや? 全く身に覚えあらへんけど」
「この世界に来るときにかけられたのは間違いないだろうけど、どこの誰かまでは」
「こういうとき、ヒロ兄の好きなラノベってやつだとどうなん?」
「…………」
にやりとからかうように尋ねるアイカであったが、ヒロトが顔を上げて不機嫌そうな顔をして睨みつけてきたので、慌てて視線を逸らした。
「え、えーっと『女神の祝福』やっけ。これがあったら英語の授業とかめちゃ楽やったのになー」
「お前の関西弁はどう訳されるのかは気になるがな」
乾いた紙のページをめくるヒロト。それを横目でちらりと眺めつつ、気分を逸らすように辺りをまた見回し始めるアイカはふと気が付く。
「なぁ、ヒロ兄。ヒメカどこ行ったか知らん?」
「ヒメカならさっきまでユウトと一緒に遊んでいたはずだろ?」
「え? けど……」
昼寝をするユウトの側には力無く突っ伏すリーエルの他にはいない。辺りを見回しても城壁には見張り塔の上にいる兵士以外に人影はなさそうだった。
「リーエルさん! ヒメカはどないしたんー?」
「き、休憩するって言ってました……」と消え入りそうな声で答えるリーエル。
「休憩? だけどヒメカは見てないよ」
「はぁーしゃーないなぁ、ヒメカは。どっかで迷子になっとらんとエエけど」
「……心配だな」
頭をかいて呑気なアイカをよそに、ヒロトは眉をひそめて本を閉じる。
「うん? ヒメカならどうせトイレちゃうん?」
「そうだとしても誰かがついていたほうがいい。さっき俺たちが毒殺されかけたことを忘れたのか?」
自分たちが食するはずだつた食事に仕込まれていた
「今ルアさんがそれについて大臣たちに掛け合っている最中だけど、まだ何が起こるかわからない。少なくともアレの犯人は恐らく城の中の人間だろうからな」
「た、たしかに言われてみればせやな……」
どんくさいことが多い
「じゃあ、ウチが探してくるわ。ヒロ兄はリーエルさんと一緒にユウくんみててや」
「探すって……お前一人で行かせられるわけ……」
「リーエルさんあんなへばってるんやで? 誰が見てあげなきゃいかんやろ」
「それは……」
「それにウチなら誰が襲ってきても平気や」
腕をまくり力こぶを自慢気にするアイカ。それが問題なんだと言わんばかりの表情を向けるヒロトだったが、彼女の言い分も分からないわけではなかった。
「――分かった。けど、面倒なことは起こすなよ。あと、あんまり遠くまで探しに行かないこと」
「わーってるて!」
ヒロトの心配そうな顔に余裕たっぷりの笑顔で返したアイカは城内の方へと駆けていった。
「あ、あの……私抜きで出回らないでくださ……い」
そんな消え入りそうなリーエルの声は、突っ伏した床の上に静かに吸い込まれていった。
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