18‐決闘・昼下がり①
「うーん、アイカさんにヒメカさん、遅いですね……」
四つ子の
ヒロトたちの世話を任されたといっても、実質それは異世界人の監視であり、何かあれば適切に対処しなくてはならなかったリーエルだったが、城壁につくなり走り回り始めたユウトの対処に追われ、全員の管理に目が行き届かなくなってしまった。
(あぁ、異世界人を城に野放しにしていることが知れたら大臣に大目玉を食らわされる……)
「ユウトの方は俺が見ていますのでアイカたちを捜してきても大丈夫ですよ」
そわそわするリーエルを見かねて、ヒロトが本から視線を上げて彼女の方を見上げる。
「本当なら俺が行くべきでしょうが、この城の構造を熟知してるリーエルさんが適任だと思いますし、ユウトの世話もリーエルさんにはやや荷が重いでしょう」
「え、えっと……そうはいいますが……そういうわけにもいかないので……」
相変わらず大人顔負けの洞察力と冷静さをもった子供だと感心しながらリーエルは苦笑を浮かべる。
どちらかといえば、もっとも監視しなければならないのは樹海を消し去った原因ともいえるユウトの方である。いくら強力な防御魔術が施されたアルトリアノ城とはいえ、あれだけの被害をもたらした彼の魔力の前では一撃で瓦礫の山と化するであろう。
ユウトの行動は同じ年齢の子供と比べても明らかに幼稚すぎで、予測のできない事態が起きる可能性を考えるとどうしてもこの場所を離れるわけにはいかなかった。
もっとも、その何かが起きたところで彼女のできる対処などたかが知れていたのだが。
「もしかしたら二人とも迷子になっているのかもしれないので、リーエルさんが迎えに行ってもらった方が良いかもしれないです」
「それは分かっているんですけども……」
リーエルはにっちもさっちもいかない状況で、もう誰かに助けを求めて叫びたがっていると城の方から誰かがリーエルたちの方に向かって走ってきていた。
「お兄ちゃん、リーエルさん!」
「ヒメカさん! やっと戻ってきてくれた!」
城壁の向こうからやってくるヒメカの姿に安堵の表情を浮かべるリーエル。しかし、ヒロトはもう一人の姿が見えないことにすぐに気付く。
「おいヒメカ、アイカのやつをみてないか?」
「えっとその……」
息を整えながらヒメカはばつの悪そうな顔をする。
「変な声に呼ばれた気がしてつい一人で城を散策してたんだけど、それで……なんというかお姉ちゃん、決闘することになって……」
「「決闘?」」
彼女の口から突拍子もない単語が飛び出し、リーエルとヒロトは同時に聞き返し、ヒメカは先程起きた出来事を二人に話した。
「え……え、クリフーンの王子と決闘……なんで、どうしてそういうことになるんですか???」
「ごめんなさい、お姉ちゃん、熱くなるとそういうところがあって……」
「向こうから決闘を挑まれたとはいえ相手は王子か……リーエルさん、クリフーンってどういう国ですか?」
「あ………ああ……ああ」
すっかり状況が飲み込めてないリーエルはヒロトの声にも反応できず、頭の中でぐるぐると思考がパニック気味に駆け巡っていた。
(え、え? これってもしかしなくても私の監督責任? 私のせいで国際問題? 王子に何かがあってクリフーンを怒らせたら同盟破棄? 支援が打ち切られたら 魔族領域の対処は? 街の近代化計画は? 貿易品は? 来週開店予定のクリフーンの有名菓子屋の支店は? どうしよう、どうしよう――)
あわあわとその場を歩き回って狼狽するリーエルの様子を見かねたヒメカが彼女の両手を掴んでぎゅっと握りしめる。
「お、落ち着いて下さいリーエルさん。心配しなくてもお姉ちゃんは喧嘩に負けるような人じゃないです!」
「え……えっと、その……心配なのはそこじゃなくて……」
「お姉ちゃん、空手とカンフーをユーツーブの動画でマスターしてるので同世代の男の子なんてボコボコにしちゃいますから!」
「ボ、ボコボコ……!? 王子が……ボコボコ!?」
その言葉がとどめと言わんとばかりに精神の限界を迎えたリーエルは白目を向いてその場に倒れ込んでしまった。
「あ、リーエルさん!? どうしよう、お兄ちゃん。リーエルさんが口から泡を吹いて倒れちゃった! 毒かな!?」
「いや、今のは多分違うと思う」
ヒロトは本をテーブルの上に置いてベンチから降りると、石畳に横たわるリーエルに近づき彼女の体内に流れる魔力を見通した。
「この本魔力オドの感じだと精神の乱れってやつかな。しばらく起きないと思う」
「えっと、それじゃあ……どうするの?」
「アイカとその王子ってやつはどこで決闘するんだって?」
「その……城のどこかにある演習場とか言ってた。私は先にお兄ちゃんたちを呼びに行ったほうがいいと思ってここに来たんだけど、具体的な場所まで聞く前に来たから……」
「うーん、どうにかアイカのやつを止めたいけど場所が分からなくちゃなぁ……」
ヒロトは考え込みながら胸壁の近くまで寄ってみると、城壁の下の方にあっただだ広い更地の上に幾人の姿が見えた。
「あれ、もしかして演習場ってそこか?」
「あ、あそこにいるのお姉ちゃんとさっき言ったサリエルくんっていう王子の人だよ!」
城壁に囲まれたそこは、城に勤める兵士たちが武器の訓練を行うための広場であったが、今はアイカとサリエル、そしてその従者であるシノルド以外の姿はなかった。
アイカとサリエルはお互いに片手剣サイズの木剣を手にし、お互いに向き合って決闘の合図を待ち構えている最中であった。
「いいか、僕が勝ったらあのヒメカという少女は貰っていく。その代わり貴様が勝ったら何でも好きな褒美を与えよう」
「ふーん褒美ねぇ。それはめっちゃ楽しみやなぁ……」
闘志を漲らせる二人の会話を城壁の上にいるヒロトたちには届くはずもなかったが、明らかに一触即発な雰囲気だけは伝わっていた。
「おーい、アイカ!! 今すぐ決闘を止めろ!」
「うん? なんや、ヒロ兄やんけ! そこでウチの活躍を見届けといてな!」
「バカッ! 止めろって言ってんだよ! 何一人で勝手なことしてんだ!」
「なんやてー? 声がよう聞こえんけど、とりあえずまかしとき!!」
アイカに向かって大声で呼びかけたヒロトであったが、アイカにはうまく伝わってないようで、意気揚々と手を振りながらやる気満々で木剣を構えだす。
今にも決闘が始まってしまいそうな雰囲気にヒロトは呆れたようにため息を吐く。
「仕方ないな、リーエルさんとユウトを頼む」
「えっと、お兄ちゃんどうするの?」
「決まってるだろ、止めるんだよ決闘を」
そう言ってヒロトは目の前の胸壁をよじ登り、城壁の上に立つ。そして、眼下のアイカたちを見据えながら手に魔力を集中させる。
(さっき読んだ本の中でこの世界の『魔術』の仕組みはなんとなく分かった。あとは実践あるのみだけど……)
彼は以前ゴブリンの森で試したときのような手探りではなく、とりあえずの理論で固めることにした。
この世界における魔術とは現実世界で言うところのコンピュータープログラミングに近い。予めコーディングされたプログラムを実行するように、予め人体などに構築された魔術を呪文によって呼び出すといったものだった。
ルアを始めこの世界の人間たちはみなそうやって魔術を行使しているのだという。そして、人によって行使できる魔術の数は限られており、複数の魔術を扱うことは非常に稀だと。
そう考えてみると色んな魔術を扱っていたルアはそんな魔術師の中でも屈指の傑物なのだろう。
ヒロトはまず手にした本に記載された炎の魔術を試してみることにした。
大気中に存在する
実際の魔術の手順はそんな感覚でできたものではない。しかし、生まれ持った才能なのか、そうして出来上がってしまった『魔術』がヒロトの手の中で煌々と燃え盛る。近寄れば肌を焦がす程に輝く火の玉を、彼は上段に構えて大きく振りかぶった。
「行けっ、『
思い付きで考えた魔術名を口に出しながら眼前のアイカとサリエルの間に投げ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます