19-決闘・昼下がり②

 放たれた炎玉はまっすぐアイカとサリエルの頭上を飛び越え演習場の真ん中に着弾した。爆発と共に周囲の砂塵を焼き焦がし、弾けた衝撃波が演習場と辺りの城壁をガタガタと揺らす。


「んな……っ!?」

「うわっ、なんや!?」


 二人も狼狽える様子をみせ、演習場の外で様子をうかがっていた兵士たちも何事かと騒ぎ立てていた。


 胸壁の上で様子を見ていたヒメカも巻き上がる砂塵に思わず身をかがめて壁に寄りかかった。


「お、お兄ちゃん……! 流石にやり過ぎじゃあ……!?」

「お、思ってたより制御が難しいな、これ……!」


 ヒロトの算段では爆竹を鳴らしたくらいのボヤ程度のつもりだったのだが、実際には榴弾を撃ち込んだくらいの威力になってしまった。


 やってしまったことは仕方ないことにして、ヒロトは胸壁の上から演習場を見下ろしつつ一息ついてその場から飛び降りた。


 建物の二・三階はありそうな高さをヒロトはゴブリンの樹海でもそうしたように全身に魔力を巡らせて着地の衝撃を抑えた。一度感覚として掴めさえすれば運動が苦手な彼でもこれくらいは余裕であった。


「なんだ貴様は……一体何をしたんだ!」

「――坊ちゃま、お下がりを」


 サリエルは城壁の側から近づいてくるヒロトに剣呑な視線を向け、従者のシノルドはサリエルの前に一歩出てヒロトに警戒の目を向ける。


(やれやれ、また話がややこしくならなければいいけど……)


 ヒロトは嘆息を漏らしつつサリエルたちとかなり離れたところで歩みを止め、両手を上げて敵意がないことを示して話しかける。


「待ってくれ、ウチの妹がナニかしたかもしれないけど、ここは穏便に済まして欲しい」

「なんだと……?」

「要はケンカはやめて欲しい」


 ヒロトにしてみれば下手に出て誠意にお願いしたつもりだが、サリエルの訝しげな表情は収まらない。


「ちょっ……ちょっと待ちぃや、ヒロ兄! これは正々堂々の決闘で……」

「アイカ、俺たちはルアさんたちに世話になってる身だぞ。面倒事を起こして困らせるようなことをするんじゃない」

「だ、だからって……こいつヒメカを……」

「ア・イ・カ。言うことをきけ」

「な、なんやとぉ……」


 兄の一方的な圧に、アイカの反骨的な精神がふつふつと湧き上がり、遠くで様子を見ていたヒメカもこれはまずそうだと不穏な雰囲気を感じ取っていた。


 アイカは兄ヒロトに対して普段は聞き分けの良い方だが、頭に血が登ってしまったらそうはいかなかった。


「大体、先に決闘申し込んだのはコイツやぞ!」


 アイカが木剣の先をサリエルに向ければその彼はアイカの不遜な態度にまたもや眉を吊り上げて同じように木剣の先を向けて対抗する。


「何を言う、そもそも最初に僕を愚弄したのが原因じゃないか」

「お前がヒメカに手を出そうとしたからやろ!」

「僕は紳士的に従者に迎えようとしただけだ。それの何が行けない!?」

「このナンパ王子!」

「理由のわからんことを言うな、野蛮女!」


 お互いに手にした木剣の先を向かい合わせてやいやいと言い争うのをヒロトは頭が痛そうにして嘆息を漏らす。


 ヒロトにはこのサリエルがどの程度の人物か知る由もなかったが、二人がまともにやり合えばおそらく勝つのはアイカの方であろうと分かっていた。


 あのルアでも手を焼いた、樹海に住むゴブリンの群れを生身でしかもたった一人で撃退できるポテンシャルを秘めたアイカ。それと同じことをこの世界に住む同年代の子供ができるとは到底考えられなかった。


 とはいえ相手は一国の王子だという。いくら木剣でも実戦形式の決闘で怪我無しとはいかないだろう。アイカが手加減を間違えて重傷を負わせでもなんでもしたら外交問題まっしぐら。今泡を吹いているリーエルなど昇天してしまうだろう。


「お前たち……せめて殴り合う以外に無いのか……?」

「ないな!」「ないわ!」


 眼の前で小うるさい口論を繰り広げている二人はヒロトの声掛けに口を揃えて言い放つ。


 こうなったら最悪、魔術でもなんでも使って実力行使するべきか迷ったヒロトだが、そんな時シノルドが声を投じた。

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