20-決闘・昼下がり③

「サリエル坊ちゃま。この者の言い分にも少し耳を傾けてみては?」

「シノルド? どういうことだ」

「私めは陛下より坊ちゃまの身をお預かりした身、坊ちゃまの意向はなるべく尊重いたしますが決闘で万が一のことがあれば陛下に合わす顔もございません」

「万が一と……お前、この僕がこんな女に負けるとでも!?」

「あくまで可能性の話です。勝負に勝ったとして思わぬ事故で怪我を負うこともありえましょう」

「こんな木剣でか? いやしかし……うーん」


 従者に諭されしばらく考え込むサリエル。そうしてふと演習場を見渡すとあるものに目がとまる。


「そうだ! あれなんかはどうだシノルド?」


 彼の指さした方向には壁に沿うように並んだ丸い形をした的が据え付けられた木の人形であった。


 無骨な十字っぽい人の形をしたそれは、何本かの矢が無造作に突き立てられたまま演習場の傍らで野ざらしに突っ立っていた。


「ふむぅ、あれは弓矢の訓練に使うものですな」

「そうさ、こんな城でも弓矢の一つや二つくらいあるだろう。弓矢による的当て勝負ならば怪我人の心配も無かろう」


 我ながら良いアイデアだと鼻を高くするサリエルの一方で、ヒロトや遠くで見ていたヒメカは弓矢という言葉を聞いて沈黙する。


(弓矢……か……)


 ヒロトはちらりとアイカの様子を伺うと、彼女は的がある方向をじっと見つめ、表情がうかがいしれない。


「……しかし、サリエル坊ちゃま。坊ちゃまは普段稽古で弓矢を扱っているから良いものの、普通の素人がいきなり弓矢を使うのは至難の業でございます。おそらく勝負以前の問題かと」

「なに! そういうものなのか? 妙案だと思ったのだがな……」

「いや、別にそれでええで」


 アイカはそう言い放つと木剣を持ったまま壁の方に歩き出した。


「こう見えてもウチ、弓道を習っとったから弓矢は扱えるで。もっともこの世界の弓がどんなんかは知らんけど」

「キュードー……なんだそれは?」

「弓矢を使った競技みたいなものや」


 城壁の影の中に入りながらそう答えつつ地面に座るのと同時に木剣を放りながらアイカはそのまま横に寝転んだ。


「じゃあ準備が出来たら起こしてや」

「貴様……ふん、まぁいいだろう。おい、シノルド」

「はっ」

 

 アイカの気ままな態度に苛つきながらもサリエルはシノルドに目配せし、主の命令を受けたシノルドは演習場の片隅で野次馬のように見ていた兵士たちの方に赴く。


 その最中にヒロトはアイカの方に歩み寄って、やや気まずそうな表情で話しかける。


「いいのかアイカ。お前、弓矢は……」

「別に……大丈夫や」

「だけど……」

「いい機会や。ウチももういい加減大人になったってこと、証明したる」


 そう言ってアイカは頭上に広がる空に向かって仰ぐ。元の世界のものと変わらぬ透き通るような空。それを見つめる彼女の眼はどこか遠い景色を写しているようであった。


 時刻はやがて夕刻を告げる頃合いだった。

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