第二章:四つ子たち王都へと着く

0−空を見上げて

 魔族領域最南部 ドラン山脈中腹


 朝日が差し込んだ山間。真っ白い岩石と足元に短く茂った芝の表面についた朝露が光に照らされてきらびやかに反射する。冬場には厳しい風雪が吹き荒れるこの山も、この季節においてはまだ山頂付近の万年雪以外に積もる気配は無かった。


 そんな景色を前にして、彼は白い息を一つ吐いてまるで積年の想いを口にするように呟いた。


「とうとうこの日がやって来た。あれが我らにとって始まりの朝だ」


 見上げた山頂から溢れだす、柔らかな日差し。その眩しさに目を覆いながらその空の向こうを望む。晴れ渡る青空の上にかかるように、虹色にきらめく薄い魔力の膜。


 それは今から1000年ほど前に一人の聖女が展開した、巨大な結界。それが山脈に沿って流れ、この魔族領域全土を覆うようにして張り巡らされている。


 長く続いた人間と魔族の戦争を諌めた偉業としては聞こえはいいが、要はあれは魔族をこの領域に閉じ込めていたものだと、この地で魔族として生まれて育ってきた彼は常日頃そう思って生きてきた。


「――だが、それも今日この日まで」


 彼が振り返ると、そこには黒いローブに見を包んだ一人の魔族がいた。深々と被ったローブの端からは人間のものにはない歪に曲がった角が張り出して先端が見えている。その後ろにも似た格好の魔族が控えていた。


「マロム、潜入隊の首尾は?」

「はっ、すでに準備は完了しております。計画に必要な数の倍は呼び出せます」

「観測隊からの報告はどうなっている、サルム」

「はい、予測していた通り、数名は越えられる状態との事です」

「……よし、では出発する」


 彼は立ち上がり、再び眼前の霊峰を望む。その山腹の向こうにあるであろう人間たちの住む都を握りつぶすように、彼はその薄黒く汚れた手を力強く突き出す。


「待ちに待ったこの日、我らは1000年前の雪辱を晴らしに行くぞ……!」


 彼の目に宿った黒い炎がすべてを焼き尽くさんと動き出せば、風が震え上がるように吹き抜けていった。 

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