1−ゴンドラの中にて
東の水平線から昇った朝日は宵の闇に沈んでいた遠くの空をすっかり青白いものに変えた。
風に吹かれ揺れる海面上を大きな翼をたたえた飛竜の影が悠然と通りゆく。
飛竜たちは、背の上で手綱を握る操者の通りに翼を羽ためかせて、雲一つない空を実に統率のとれた動きで陣形飛行を維持している。
そんな姿の彼らを地上から見上げる人々がいた。
「見て! 飛空騎士団だ!」
「あぁ、本当だ。もう帰ってきたのか」
家の窓や畑、街道から見上げた民衆らが遠くの水平線に浮かぶ一団を目にし、悠然と空を飛ぶ姿に感嘆の声を上げるものや、手を振る子供らの姿があった。
ある一体の身体の大きな飛竜には大人数人は乗り込める木製の黒いゴンドラが吊り下げられており、その中から窓の外を見つめていたリーエルは傍らに座っているルアの方に振り向く。
「ルアさん、そろそろ王都です」
「ん…………あぁ、そうですか。私眠っていましたか」
リーエルの声で目覚めたルアはゴンドラの壁にもたれていた頭をゆっくりと持ち上げる。体内の
「すみません、リーエル。私が寝ている間に何か変わりはなかったですか?」
「特に異常はありませんでしたよ。ヘイル団長の飛竜が後方からずっと睨みつけられているぐらいですかね」
リーエルが向けた視線の先では、ゴンドラの飛竜の真後ろに付けている真っ赤な
彼は剣呑な視線をゴンドラの方へ向け、飛竜の手綱を握りながら片時も目を離さない。鞍に取り付けられた長槍はいつでも掴んで放り投げられるように柄の部分が常に手元にあった。
周辺で飛竜の陣形をとる他の団員たちも、周囲への警戒を保ちながらゴンドラの方にも気を配っている様子であった。
「やっぱり、ヘイル団長はまだ彼らへの警戒心が抜けないようですね。他の兵士たちも同じようです」
「無理もありません。ヘイルたちにとっては彼らは真意の掴めない異世界人なのですから」
そう言い、ルアは向かいの壁沿いにもたれかかって座っている彼らの方に目を向けた。
「スー……スー……」
「うぅん……むにゃ、むにゃ……」
「ユウくん……ごはんだよぉ……くぅー……」
「ZZZ……ZZZ……」
静かに寝息を立てる四人の子供たち。
ヒロト、アイカ、ヒメカの三人は互いに身を寄せ合い、一枚の毛布の中に包まっていた。着ていた衣服が消滅していたため毛布の下は全裸である。はるか高所を飛んでいるこのゴンドラ内はきっと彼らにとってかなり寒かろうとルアは気にかけていた。
しかし、それよりもっと憐れに思われたのはゴンドラの中央に描かれた魔法陣で大の字になって眠っている彼らの末弟ユウトであった。
その身から際限無く溢れ出る聖素のせいで彼に毛布の一つもかけてやれず、治療の類いも行えないため、その幼い身体には痛々しい擦り傷などが未だに残ったままだ。
(せめて、もう少し私に余力が残ってさえいれば……)
ゴブリンの樹海での出来事でルアは魔力も体力もすべて底をつき、身体を動かすこともままならないため、今の彼女に出来たことは彼らの側で見守ってやることだけであった。
「あの……ルアさん。これから彼らを一体どうする気ですか?」
リーエルはユウトにかけている魔法陣の状態をチェックしつつルアに語りかける。
「ひとまず彼らは私の元で預かります。そしてできれば陛下と大臣らに――」
できれば彼らに事情を説明してヒロトたち四つ子がこの国で生活が保証するように便宜を計らってもらおうと考えるルアではあった。
(だが、ヒロトたちが異世界人であると知った時国王らはどのようにするだろうか)
強力な魔力と潜在能力を秘めた者たち。来たるべき魔族との開戦に備えて是非にと欲することは想像に固くない。
「彼らを魔族軍との戦力としても視野に入れるということはあるのですか?」
「……リーエル、彼らはまだ子供ですよ」
ましてや、この世界の住人ですらない。この世界のいざこざに巻き込むべきではない。
そう考えるルアは、視線の先の幼い彼らの寝姿を見つめながら少し哀しく、自分の手を握りしめる。
それは、きっとおそらく自分の思い通りにはならないという予感があったからだった。
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