11-ふたたびの再会②
「実は、今ユウトさんの身体の中には天界樹の種子があるのです」
「天界樹……それって?」
「聖素の濃い地域に生える木で、周囲の聖素を吸って成長する性質を持ちます。今ユウトさんの身体から聖素が流れないのはそれのおかげなのですが……同時にその種子が根付いて成長してしまっているのです」
「……! それって、もしかしなくてもヤバくないですか!?」
「幸い天界樹は成長の遅い植物ですので芽吹くのにも数ヶ月は要しますが、根は身体の中心部分に張っています。今のところは大丈夫そうですが、もし種が成長したら……」
ふと、ユウトの身体の中から巨大な根と幹が肉や骨を突き破って出てくるところを想像してしまった。非現実的だが異世界のものならありえる……のか?
「いったいなんでそんな事態に……」
「わたしだってそうしたかったわけではありません。その、私が着替えている隙にユウトさんが工房の戸棚にあった瓶を開けて天界樹の種を……」
「そ、そんな……」
きっと胡桃か何かと勘違いしたのだろうが、よりにもよって間の悪いものを選んだものだ。
「張った根を無理に引き剥がすのは得策ではありません。手術によって排除は可能ですが、あいにく執刀可能な医者が今は不在なのです。とにかく今はユウトさんに出来るだけ聖素の放出を抑えて種の成長を留めさせてもらうしかありません」
「でも聖素の放出を抑えるってどうすれば……」
「あなたが昨夜ゴブリンの樹海で魔術を行使したように、体内の魔力を制御すればよいのです。」
「魔力の制御……」
聖素とはすなわち魔力という"見えないもの"の一側面なのだろう。ゴブリンの樹海で俺が魔法のように放った『泥』のみたいな魔力とユウトが放った文字通り『消滅』させるそれとは性質がまるで異なるように見えたが、本質的に扱いは同じというのか。
「ヒロトさんと同じことをユウトさんが出来るかどうか……魔力制御は道具を駆使すればある程度簡略化できますが、それでも一朝一夕ではどうも……」
「大丈夫です、俺たちに任せて下さい」
「……えっ?」
「俺たちがユウトに魔力の制御の方法を教えます」
淀みなく放った一言に、ルアさんは面を食らったように驚きの表情を浮かべた。
「ヒロトさん……それは……」
きっと並々ならぬことだと――特にユウトに対してそれは、そんなふうにルアさんの表情から言外に伝わってきた。ユウトのことを今日初めて知ったルアさんにしてみればそう思ってもおかしくはない。
だけど、それに対して俺たちはできないと言うつもりはなかった。
「ユウトは生まれてから今まで食事から入浴、排泄行為まで色んなことが出来ませんでした。だけど、俺やアイカたち、母さんや近所の人たちみんなの協力を得てそれらを全部出来るようにしてきました。だから今回も俺やアイカたちがいればきっと出来るようになると思うんです。も、もちろん、ルアさんたちの協力があれば大変心強いのですが……」
正直な話、魔力の制御や聖素の放出を抑えるなんて言葉にしても分からないことをユウト相手に教えるのは並大抵のことではないだろう。だが、それが必要となれば、ユウトのためになるというのなら、教えるしかない。
俺たちならユウトに教えられる。それがユウトに与えられた猶予ならばなおさらだ。
「……分かりました」
ルアさんはおもむろに立ち上がりながら俺を見下ろして微笑む。ふと見せた微笑みに、一瞬胸の奥がどくんと脈打つ感覚を全身に感じた。
「なんとなくですが、きっとあなた方なら乗り越えられるはずです。本当にただの直感ですが」
そう言ってルアさんはアイカたちの方へ向かって行った。
「……………」
後に続こうとするも、ルアさんの可憐な笑みを直視した俺は顔が熱くなって思うように足が動かなくなった。
(くそっ、こんなことアイカたちには気取られたくない)
そんなことを考えている俺を他所に、アイカたちは天井の梁に腰掛けたユウト相手にどうにか降りてくるように説得していた。
「皆さん。ご飯は食べられましたか?」
ルアさんの問いかけにアイカたちは首を振って困った表情をみせる。
「いや、ウチらの分ユウくんに獲られてんやけど……まぁ、おかわりくれるならええけど」
「でも、ユウくんが自分から食べられるようになったのは凄いよぉ……」
半ば諦めつつもしょうがないって感じのアイカと弟の成長に胸を打つヒメカ。そんな二人の前にパンを口に咥えたままのユウトが突然天井からストンと降りてくる。
「えっ?」
「ユウくん?」
ユウトの両手には食べかけの黒パンが一つずつ握られ、きょとんとした様子のアイカたちの前にそれを差し出した。
「うい」
「え……ウチらにくれるん……?」
「うそ……ユウくん……!?」
弟からの思いがけない行動に衝撃を受けるアイカとヒメカ。ヒメカに至っては感激で涙すら浮かべてる。
ユウトが人に何かをあげるという行為はこれまでにも何度かあり珍しいことでは無かった。もっとも、今までくれてたのは虫の死骸だったり犬の糞だったりしたので、今回のはかなり嬉しいプレゼントだろう。
二人は少し照れくさそうにしながらそのままユウトの持つパンを掴み取ろうとしたその瞬間――ユウトが二人の間をすっと通り抜けてアイカたちの手が空中を彷徨った。
「にぃ」
「あ、あれ……?」
「ユ、ユウくん……?」
困惑の表情を浮かべる姉二人を差し置いて、パンを咥えたまま笑って部屋の中央を歩くユウトはルアさんの前で止まる。そして、そのままユウトはルアさんに両手のパンを向けて差し出す。
「うぃ」
「えっ……どうして私に……?」
アイカたち以上に困惑するルアさんはふと左手の方のパンを手にとり、齧った後のあるパンをまじまじと見つめていると突然目を見張った。
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