26-余興の終わり②

 彼女がヒロトたち合流するよりしばらく前。



「彼らの毒殺を国王陛下が……!?」

「そうだ、貴公らがゴブリンの樹海から連絡をよこした時点でそう判断なさったのだ」


 アルトリアノ王国宰相ドミントスは書簡スクロールで山積み越しになった豪奢な机越しにそう言いながらルアの方をみやる。


 最悪の事態になった――と、ルアは歯がみする。


 つい先程、彼の執務室にやって来た彼女は異世界からやって来た子供たちに振る舞われた毒入りの食事、その仔細を問い詰めるためだったが、そこで待っていたのは思いもよらぬ回答だった。


「我が国は常に魔族からの脅威にさらされ、異世界からの来訪者にかかずらっている余裕は無い。よって速やかに処理すべしとのことだ」

「いくらなんでもそれはあんまりではありませんか? たとえ異世界人でも、彼らはまだ子供なのですよ!?」

「しかし、ゴブリンの樹海の一部を消し去る力を持つ"アレ"がこの都市で振るわれたらどうなるか分かっているのかね?」


 彼の言う"アレ"――すなわちユウトの魔力のことにルアは一瞬口をつぐむ。


 全てを滅却し更地へと化す聖属性の魔力。

 それと間近で相対し、情けないことにを冒したルアにとってはまさしく身をもって知る脅威だった。


 それが何かの間違いでこの都市のような人口密集地で解放されたならば、どれほどの悲劇を生むことになるのかは彼女でなくとも想像は容易い。



 問題はユウト一人だけではない。彼の兄ヒロトを始めとした四つ子の兄姉けいしたち。

 彼らもユウトと比肩して体内に膨大な本魔力オドを有し、子供ながらゴブリンと渡り合えるほどの戦闘を繰り広げられる彼ら。


 彼ら家族の誰か一人にでも害をなそうとすればこの国に向くことは確実であった。


 しかし、それでもルアは彼らの擁護を諦めなかった。


「彼らにそのような意思はありません。短い時間ではありましたがあのゴブリンの樹海で交流した私には分かります。彼はやはりただの子供なのです。彼らが頼る人のいないこの世界で我々大人が守ってやらなくてはいけない子たちなのです。どうかご容赦を……!」

「これは陛下のご意思だ、ルア卿。たとえ【四元素ラ・クオリア】の魔術師である貴公でも覆すことはかなわん……だが、もっとも今のところ彼らを始末するのはかなり骨が折れるようだがな」


 手にした空になった毒薬の瓶を机の上に置くドミントスにルアは眉をひそめる。


「魔族が千年ぶりに解き放たれた場合にそなえ、対抗できる手段として彼らを利用する意見もなくはないが、陛下が問題にしていたのはより不確定の脅威――」

「不確定の……脅威?」

「敵は魔族だけにあらず、ということだ。魔族が封印されてから約千年経ったこの時期、クリフーンの視察団がこの国を訪れている理由は何だと思う?」

「それは……」


 ルアが素材集めのために首都を離れる前にちょうど海の向こうからやって来た大国クリフーンの視察団。その目的はアルトリアノ国の街の視察と対魔族に関する会談との事だったはずだったとルアは記憶している。


「そして、この時期に異世界人たちがここに召喚されたこと……果たしてこれらは本当に偶然であるのだろうか?」

「まさか、彼らを召喚したのはクリフーンの仕業だとでも?」

「そこまでとは言っとらん。だが陛下は何かしらの意図を感じているようだ――いや、というより……」


 そう言ってドミントスは椅子を回転させ後方の窓に視線を逸らす。その目線の先には日が傾いた空が広がる。

 

からそう『給わった』のだろうな」

「まさか……!?」


 ルアの問いかけにドミントスはただ静かに瞑目し、それに否定も肯定もしなかった。まるで、それに触れるのを自制するかのように。


 その反応を見たルアは冷や汗が背筋を抜けるのを感じてすぐさま踵を返す。


「失礼します、この件はまた後程伺いに来ます」

「ルア卿、彼らをかばうならやめておけ」


 背後より投げかけられたその言葉に彼女は足を止めて一度振り返る。


「陛下のご判断に従わねば進退どころの話ではない。文字通り、

「……それでも、私は彼らに約束をしました。必ず、この命に変えても守ると」


 ルアのその表情から、もはや心変わりはないと見ると彼は嘆息を吐きながらデスクの引き出しから一つの羊皮紙のスクロールを取り出した。


「これを持っていけ」


 投げ渡たされたそれを受け取りながら、ルアは訝しげにスクロールの封留めを外して広げてみる。


 そこにはルアが以前ドミントスに要請していた『とある遺跡』への調査の許可とそれに伴う所要費の申請に対する彼のサインであった。


 それには条件付きで許可する旨とその詳細が記されていた。


「貴公の最後の仕事として渡してやる。それを持って厩舎にいるコリンに見せろ」

「ドミントス宰相……これは……」

「それをどう使うかは貴公に委ねる。これ以上儂は関知しないからな」

「……承知しました」


 そう言い残しルアは部屋の扉を開け慌ただしく部屋を後にした。


 城の廊下を速歩きで抜けていくルア。  


 どうにか彼らを安全な場所へ……!

 

 手にしたスクロールと共にその胸中に人知れず確かな覚悟をしまいこんだ。


――――――◇◆―――――――


「ルアさぁ〜ん!」

「リーエル……どうしてそんなに泣きそうな顔で……」


 度重なるトラブルに精神の限界を迎え、喚きながら詰め寄ってきたリーエルに困惑の表情を浮かべつつ、ルアは適当に彼女をなだめる。


 宰相の部屋を後にしたルアはヒロトたちと合流する途中、城中が厳戒態勢に入ったのを確認して急いで演習場に駆けつけた。


「救護室から移動するとは聞いていましたが、どうして皆さん演習場の真ん中に?」

「えっとその、色々と事情が……」


 ルアの質問に口淀むリーエルとやや気まずそうな顔をするアイカ他四つ子の二名。


 まさか他国の王族と厄介事を起こして困らせるようなことをしていたなんてことを言えるはずもなかった。


 そんな彼らの態度に色々と気になりはするものの、それどころではないとルアは話を続ける。


「とにかく、おそらく皆さんも今緊急事態が起きていることはなんとなく把握できていますね?」


 ルアの問いかけにヒロトたちは緊張した面持ちで頷く。


「現在の状況を全て把握しているわけではありませんがどうやら良くないことが起きているようです」

「なんか周りの人は魔物がどうのこうの言うとるんやけど……」

「なんだか怖い雰囲気……」


 ヒロトたちの周囲では未だに兵士たちが城壁の上に登って何かを警戒していたり、城に通じる扉から忙しく出入りしている様子がうかがえる。 


「先ほど兵士たちから聞いた情報によるとどうやら市街地に巨大な魔物が現れたようです。さらに郊外の港町でも緊急事態を報せる煙弾が打ち上げられたようです。同時多発――それも人為的なものを感じます」

「それって……」


 何かを察した様子のリーエルにルアは頷く。


「おそらくは王国に侵入した“魔族”の仕業かと」

「魔族……?」

「えーっと、誰かがなんか言ってたような」


 ルアの言葉にいまいちピンと来ないアイカとヒメカ。


 一方でリーエルは魔族と聞いて震え上がって怯えた表情になっていた。


「そんな、魔族だなんて……」

「あり得ない話ではありません。大昔に展開されたドラン山脈の結界が千年の時を経てその効力が弱まっていれば、数人程度が突破できるだけの穴を作るのは可能なはずです」


 ルアがそう冷静に語っていると不意に城の方から一人の兵士がなにやら慌てた様子で走ってやってきた。


「ルア殿に憲兵支部より伝令! 現在、アルトリアノ城地下から大量の魔物が出現し警備隊と交戦中です!」

「――っ、どういうことですか!?」

「地下の独房に魔法陣らしき術式があり、そこから湧いているようです。通常兵装が効かず、魔術士による魔法付与エンチャント支援が必要な状況です」

妖精魔獣ディレメンタル生成魔術……!」


 険しい表情のルアではあったが、また知らない単語が出てきてアイカはますます混乱する。


妖精魔獣ディレメンタルって……ルア姐さんそれは一体なんや?」

「以前『エレメント』についてお話しましたが、それを帯びた動物の総称を妖精エレメンタルと呼び、そしてその妖精エレメンタルを魔術などで人工的に生み出されたものを妖精魔獣ディレメンタルと呼びます」

「そのなんちゃらってそんなにヤバいんか?」

妖精エレメンタル妖精魔獣ディレメンタルも特徴として無属性の物理攻撃に耐性があることです。ダメージを負わせるには何かしらの属性による魔術もしくは魔法付与エンチャントが必要になります」

「なるほど、それでゴブリンの樹海でアイカの武器に魔術を施してたんですね」


 ラノベだと雑魚筆頭のような扱いを受けているゴブリンだが、どうやらこの世界の人間にとってはかなり厄介そうな存在であるようだとヒロトは推察する。


「そして妖精魔獣ディレメンタルを生み出す魔術、これは千年前に起こった人間と魔族との戦争において魔族軍側が利用していたとされています。その術式の特性上扱えるのは魔族ぐらいです」

「じゃあ、やっぱりこの騒ぎは魔族の侵攻……!」


 千年前の戦争がまた再び起きようとしている事実にリーエルはただただ狼狽の声を上げる。 


「ルアさん、どうしましょう。城内の宮廷魔術師たちはゴブリンの樹海で聖素浄化の任にあたっていてまともに残っているのは回復支援の班が数人程度で……」

「…………」


 焦るリーエルの傍ら、しばらくルアは黙考し意を決したように顔を上げる。


「私が残りの魔術士隊を指揮し、城内の妖精魔獣ディレメンタルに対応します。リーエルさんたちはユウトさんの捜索を」

「捜索って……一体どこを探せばいいんや?」

「おそらくユウトさんは城内にはいません。城の中ならば私の魔力探知にかかるはずですから。なのでリーエルとヒロトさんたちは城下街の方を」

「分かりました、ルアさん」


 ルアの指示に皆が頷く一方で傍らのヒメカは兵士の伝令を聞いた辺りから暗い表情を浮かべていた。


(地下室……独房……あの狼さん……)


 怪我をして檻の中に閉じ込められたあの小さな魔物を思い浮かべるヒメカ。


 そんな胸中を知らずにアイカはヒメカの顔を覗き込む。


「どないしたん、ヒメカ?」

「う、ううんなんでも……」

「ユウトは必ず俺たちで見つけよう、ヒメカ」

 

 ヒロトも案じて声をかけてくるが、実際気にしていたことは別のことだったことにヒメカは一瞬複雑な気持ちになる。


(そうだよ、ユウくんを探さなきゃ)


 気持ちを切り替えるヒメカはうつむいていた顔を上げてアイカとヒロトの方を再び向き直る。


「私なら大丈夫。早くユウくんを探しに行こう!」


 結束を固める三人の横でルアはリーエルに近付き耳打ちする。


「リーエル、頼みがあります」

「えっ……はい、なんでしょうか?」

「ユウトさんと合流した後、すぐに彼らを連れて厩舎へ向かって下さい。私もすぐに合流しますので」

「えっ? あ、はい、わかりました」


 ルアの真意も分からぬまま取りあえず返事をするリーエル。まさかそれがヒロトたちを国外へ脱出させる一端になろうとは思いもしなかった。


(これは王に対する背信行為になる。リーエルをそれに加担させるわけにはいかないけど)


 いくらルアの計画を知らずとはいえ、彼女を利用しているのには変わりない。


 ルアは心の中でリーエルに謝罪をしつつ、後ろで待機している兵士に振り向く。


「それでは私は城へ向かいます。皆さんもお気をつけて」

「はい、ルアさんも!」

「こっちはまかせてや!」

「が、頑張って下さい!」


 城へ駆け出すルアの姿を見送るヒロトたち。


「よし、それじゃあ俺たちも……」


 ユウトを探しにいく――そう言おうとした瞬間であった。


「――――――! みんな、伏せろ!!」


 ヒロトは遠くから身震いするほどの強大な魔力の波動を感じとって叫んだ。


 それと同時に城の出入口にまでたどり着いていたルアも同じようにその異変に気づいた。


「……これは!?」


 ルアが演習場の方向へ振り向いたその時、城壁の遥か上空――日没直後のまだ明るい宵の空に閃光が走った。


「えっ、どうし――」

 

 リーエルがヒロトに聞き返そうとした声は



 巨大な轟音によってかき消された。



 ――――――――――――――――――――!!!!!


 大気が震え、城全体が震え、ヒロトたちが立つその場が震えていると思った刹那、凄まじい衝撃と共に演習場の中心が爆散する。


「――うわっ!?」

「きゃああああーーーー!?」

「な、なんやなんやぁーっ!?」


 突然のことに驚いたのもつかの間、演習場の地面を真っ二つに割りながらその地中からなにやら光線のようなものが走り抜けて、そのままアルトリアノ城の外壁へと振り上がった。


「―――――――――――――っ!!」


 膨大な魔力を帯びたその光はアルトリアノ城表面に展開されていた魔法防壁にぶつかり夥しい火花と爆音が炸裂する。


 並大抵の魔術を無効化にするはずの城の魔法防壁。しかし、その閃光はいともたやすく防壁を削り取り、城の中腹から上層に向かって斜めに走り抜けた。


「な、これは……!?」


 城の下方からその光景を見上げて驚愕するルア。そしてはっと気付いてヒロトたちの方へ振り返った。


「――――じ、地面が!?」


 ヒロトが叫んだのも束の間、光線によって城壁ごと切り裂かれた演習場は、完全に城との繫がりが断たれ重力に引かれるように崩れ落ちる。その崩壊はヒロトたち兄妹とリーエル、そして運悪く逃げそこなった城の兵士たちを巻き込んだ。

 

「う、うわぁああああ!!!」

「また、この展開やああぁーーーー!?」

「お兄ちゃん、お姉ちゃあーーーん!!」

「いやぁああああああ、誰か助けてぇーーーーーー!!」


 崖の上に造られたような演習場は切り裂かれた断面に沿って滑り落ち、目下の城下町へと流れていく。


 奇しくもそれは、ヒロトたちが異世界に来る前に体験した地滑りと同じような光景だった。

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