25-余興の終わり①
「な、何事だ!?」
演習場で決闘の見物をしていた者たちがその異常を報せる音に驚き狼狽えていた。
ヒロトやシノルド、矢を構えていたサリエルも思わず構えを解いてその異質な雰囲気を感じ取って周囲を見渡した。
「て、敵襲〜〜〜ッ! 敵襲〜〜〜ッ!!」
城壁の上にいる見張り兵が演習場の方向に向かって懸命に叫ぶのを聞いて、野次馬をしていた者たちにどよめきが走る。
「て、敵襲? 一体どこから……!?」
「今のアルトリアノに攻め入る国なんてあるはずが……」
お互いに見渡して状況を探ろうとする一般兵たちの所にさらに城壁の見張り兵の大声が飛び込む。
「南西の農耕地付近で巨大な
その報告に皆の顔が一斉に引きつる。
「ま、魔物って……」
「う、嘘だろ……」
「まさか……や、奴らが!?」
「け、結界はどうなっているんだ……!?」
誰しもの脳裏に千年越しの悪夢の到来を予感させた。
「も、持ち場に戻れ皆の者!!」
群衆の中にいた兵士長が叫び、皆が緊迫の表情で走り出す。
あるものは装備の確認を、あるものは城の中に駆け込み情報の収集にあたる。
そうやって演習場に群がっていた見物人たちは散り散りになってその場からいなくなっていった。
「い、一体なにがどうなっておるのだ……!?」
困惑の表情を浮かべるサリエルの元にシノルドが急いで駆けつける。
「どうやら決闘どころではないようです、坊ちゃま」
「ど、どういうことだ、さっきほど魔物がどうのこうの言っていたが……」
「詳しくは分かりません。しかし、ただならぬ事態が起きているのは確かでしょう。速やかに視察団と合流して状況を把握せねばなりません」
「し、しかしシノルド、今僕は……」
手にした弓と演習場の奥に見える的をうらめしそうに見つめるサリエル。勝利を目前にした彼にとってそれはあまりにもタイミングであった。
「……っく、仕方ない。おいアイカ、勝負は預ける。次に会うときが決着だ!」
彼は側にいるアイカに向かってそう言い放つものの、当のアイカは弓を地面に落としぼんやりと宙を眺めて突っ立ったままであった。
「おい、聞いているのか貴様……!?」
「坊ちゃま、ここは急ぎましょう。今は一刻を争いそうです」
そうシノルドが告げた直後、遠くの方で爆発音がなって大気を震わせた。その場にいる一同にさらなる緊張が走り抜ける。
サリエルは返事をしないアイカを睨みつつも、シノルドに連れられるままその場から離れていった。
(ウチは……ウチは本当に……)
周りの騒がしさとは対称的に、茫然自失に静かなままなアイカに後ろから近づいていたヒロトが話しかける。
「おい、アイカ。大丈夫か?」
「ヒロ兄、ウチは……」
「しっかりしろ、俺たちもはやく状況を把握しないと……」
そこへ、城の勝手口から飛び出して大声で叫んで演習場を横切ってきた人影がヒロトたちの前に現れた。
「お兄ちゃぁーーん! 大変だよぉーー!」
「ヒロトさぁーーん! 大変ですぅーー!」
「うわっ、二人ともどうした!?」
泣きそうな顔で走り抜けて来たヒメカとリーエルは息も絶え絶えになりながら大慌てで喋りだす。
「ユウくんが……ユウくんがいなくなっちゃったの!」
「えっ、ユウトが?」
「す、すみません! 私がついていながら一瞬目を離した隙に……」
「さっきリーエルさんと一緒に城の中を探し回ったんだけどどこにも見つからなくて。そうしてたらなんか城中が大騒ぎしだして……」
「それはまずいな……」
元の世界でもユウトはよく一人で出掛けては何かとトラブルを招くことがあった。突発的な衝動、異常な好奇心、ブレーキの効かない行動など……。
とにかく、この異世界でもそれは同じようで、ことさらにタイミングがあまりにも悪かった。
「早くユウくんを見つけたいけど城の方は広すぎて……」
「もしかしたらユウトさんは街の方にもいる可能性ありますが、現在街の方は何やら爆発騒ぎがあったらしくて――はっまさかユウトさんが……!?」
「落ち着いて、リーエルさん。ユウトは闇雲に暴れるような奴じゃないです」
飛躍した憶測に溺れそうになるリーエルを諌めつつ、ヒロトはどうするべきか思考を巡らす。
(さっきの大気中の魔力の乱れはこの前兆だったのか……? 街中で魔物だとか爆発だとか良くわからないことが起きている中、ユウトを一刻も見つけ出すにはやはり手分けするしか……)
しばらく考えた後振り返ったヒロトは、未だ放心しているアイカを目にする。
「おい、アイカ聞いているか? ユウトがいなくなったんだぞ」
「ああ……うん……」
いつもは
「お姉ちゃん何かあったの?」
「ウチは……負けたんや……」
「えっ、サリエルくんとの決闘に負けたの!?」
ぼそりとこぼしたアイカの言葉にヒメカが驚くと、アイカはばつの悪そうな顔で小さく頷いた。
「ウチはお姉ちゃん失格や……。あんなタンカ切ったのに大事なところでヘマして……。ウチは可愛い妹一人守れない情けないオンナやぁ」
そうしてアイカらへなりと膝を抱えて地面にしゃがみ込んで泣きべそをかき始めた。
「まさかお姉ちゃんが弓矢で負けるなんて……」
「負けたと決まったわけじゃないけどな。クリフーンの王子の手番がまだだったし」
「いや、あれはウチの負けや。あのクソ王子の雰囲気は絶対に当たる感じやったもん」
「でも、お前も外す直前までは当たりそうな感じだったし、王子の方も分からんだろ」
「いや、あれは絶対当たる! ウチがいうんや間違いない!」
ヒロトのフォローにもアイカはどういうことか反抗する。それだけ自身の失態に打ちのめされた証左なのであるが、妙なところにプライドがあるなとヒロトは思う。
「いや、というかさ……」
「ん、なんや?」
「俺は別に負けても良かったけどな」
兄の思いがけない言葉にアイカはとたんに目を丸くする。
「な、なんでや!? ウチが負けたらヒメカがあんの王子に連れ去られるんやぞ!?」
「いや、それお前らが勝手に決めただけだからな。俺たちは了承してない」
ヒロトは腕を組みながら澄ました表情でアイカを見下ろす。
側で聞いていたヒメカもはっと気付いたように全力で頷きながらヒロトに同意を示す。
「そうだよお姉ちゃん! 私、たとえお姉ちゃんが負けてサリエルくんの所に行けって言われても行かないから!」
「え、えぇ〜……ヒメカまでなに言うてんねん……」
「だってみんなと離れるなんてやだもん!」
ヒメカの張り裂けそうな声が喧騒混じる演習場内に響く。薄暗闇に浮かぶ篝火に照らされたアイカの表情が少し揺れ動く。
「……そ、そんでも、ウチはみんなを守るつもりで戦ったんや。それなのに、不甲斐なく負けてしまって……」
「負けたなら、次勝てばいい。そして次に負けたとしても俺がいる。相手が折れるまで徹底的に戦うだけだ」
ヒロトはしゃがんで目線を合わせながらアイカの肩に手を置く。ヒメカも同じように反対側に回り込んでアイカの肩に手を乗せる。
「アイカ、一人でなんでも守ろうとするな。俺たち家族だろ」
「お姉ちゃん、私だってついてるんだから」
「――あ…………」
いつか母と交わした言葉を、アイカは思い出した。
(アイカが一人で頑張らなくていいように、私も一緒に頑張るから)
あの時感じたものを思い出しかけて、アイカは唇を噛み締め、ぎゅっと目をつむりながら立ち上がる。
「……そやな、まだウチにはみんながおる」
アイカは地面に置いた弓を拾い上げてさっと土埃を払う。
「な、なんだか蚊帳の外でしたが、仲直りしたみたいで良かったですぅ……」
「別に、喧嘩してたわけではないんですけどね」
終始ハラハラしながら様子を側で窺っていたリーエルが安堵の息を漏らし、ヒロトは苦笑を向けながらすぐに真剣な表情に切り替える。
「よし、それじゃあ、早速作戦会議だ。まずはユウトを探さなきゃ」
ヒロトの言葉で皆は頷きながら円になって集まる。
「さっきリーエルさんと一緒に城は見回ったんやな、ヒメカ?」
「う、うん。でも全部じゃないしお城も広いからどこかですれ違ってるかも」
そう言ってヒメカが見上げるアルトリアノ城は元の世界にある高層ビルのようにとても高くそびえ立つ。
書籍の写真などで日本や世界の城塞を知っているヒロトから見てもアルトリアノ城の規模はそれなりに大きく、内部もおそらくかなり入り組んでいるだろうと推察する。
「それにユウトさんは既に街の方に降りている可能性もあります。本当なら手分けしたいところですが、この世界に訪れたばかりの皆さんでは街中も城も土地勘が無くて迷子になると思います」
「リーエルさんの言うことはもっともですが、こんな状況だし……」
魔物の姿こそまだ見えぬが城中から漂う張り詰めた雰囲気、走り回る兵士たちの焦燥に駆られた表情、遠くから聞こえる轟音――事態の深刻さを醸し出す空気が彼らの感情を囃し立てていた。
「――みなさん、ここにいましたか」
その時、彼らの元に最も頼りがいのある者の声が現れ、皆が後ろの方を振り返る。
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