21-決闘 黄昏①
異世界から転移してやってきた四つ子の長女アイカと大国クリフーンよりやってきた王子サリエル。
その異質な組み合わせによる決闘が行われると聞きつけたアルトリアノ城の兵士やら役人やらが続々と演習場に駆けつけ、いつしか数十人ものギャラリーが眼前に立つ二人の行く末を見守っていた。
「おい……あれがゴブリンの樹海に現れたっていう異世界人?」
「あんな子供なのに素手でゴブリンを撃退したそうだぞ。……とんでもないな」
「あっちは確かクリフーンの王子じゃないか!? いつの間に城に招待されていたんだ?」
「街に来ている視察団と一緒にお忍びで訪問されていたそうだぞ。なんでも誕生日の記念にだそうだが……」
「というかこんなこと外に知れたら外交問題じゃないのか……?」
ひそひそとした話し声が重なり喧騒としだす演習場内の様子に、弓を携えたサリエルは若干うんざりそうな視線を送りつつ、隣のアイカの方に振り向く。
アイカが手にしているのはサリエルと同じもので、この城の演習場の倉庫に保管されていた練習用の木弓である。小型の弓であるものの大人用に作られたそれは彼らの腕では
「シノルドが選んだ弓はどうだ? いちおう一番扱いやすいものを選んだそうだがうまく弦は引けそうか?」
「なめんな、クソ王子」
そういってアイカは視線の先にある的に向かって左の手で弓を構え、腰に括り付けた矢筒から右手で引き抜いた一本の矢を番えた。
昨日、兵士に射抜かれた右腕の傷は完全に塞がり今は痛みすらない。
そして、軽い動作で弦を引き絞るアイカは適当な狙いをつけて矢を放った。
軽い風切り音とともに数十歩先を飛び越えた矢じりは同心円の的のど真ん中に突き刺さった。
コォンという軽快な音が演習場に響き渡り、野次馬連中から「おおぉ」といった感嘆の声が一瞬漏れ出した。
「ふん、やるじゃないか。どこで弓を習ったか知らないが、ただの庶民の子ではないようだな」
「そっちこそ、大口叩いたわりに大したことないオチなんてやめろよな」
アイカの憎まれ口にサリエルは失笑を返しながら自らも続けて弓矢を構えた。
アイカとは逆の手で強く引き絞られた弦が解き放たれるとさっきと同じように一瞬の風切り音の後に快音が演習場中に響き渡る。
「……ふう、どうやらシノルドの見立ては確かのようだ」
「けっ、どうせ勝つのはウチや」
サリエルに悪態をつくアイカではあったが、内心では彼の弓矢の技術にとりあえずの評価を下した。
(あいつの弓、相当練習してる感じや。迷いがない。この世界の弓にあまり慣れてない分、多少こっちが不利かな……)
言葉こそ荒いものの心の中は冷静に戦況を分析するアイカはしきりに弓の弦の具合や持ったときの感触を何度も確かめながら本番に備えていた。
そんな一方でまだ試し打ちの段階だというのに既に演習場の空気は密かな熱気に包まれていた。
「すごい、サリエル王子の矢も的に当たったぞ! この勝負、互角になるか?」
「なぁ、どっちが勝つのか賭けにしようぜ、俺は異世界人だ」
「じゃあ、俺はクリフーンの王子で……」
「バカッ、そんなことやってるの騎士長に知れたら独房行きだぞ!」
ざわついた声は時を重ねるごとに大きくなっているようで、城の中から観戦にきた野次馬も徐々に増えつつあった。
決闘の仲介人にはシノルドが立ち、その横にはアイカを見守るヒロトの姿があった。
「それでは勝負は弓矢を用いた射的対決で。5本の矢を用いてより多く的に当てた者の勝者とします。双方ともに準備はよろしいですか?」
「問題ない」
「こっちもオーケーや」
シノルドの問いかけに即座に答えるサリエルとアイカ。その二人を近くで眺めるヒロトはしばらく口を噤んでいたが、アイカが決闘の場に向かおうとするととっさに声をかけた。
「おい、アイカ」
「ん、なんやヒロ兄」
「本当に大丈夫なんだよな?」
「……ああ、ホンマや」
前を向いたまま振り返らないアイカ。彼女の体内の
しかし、彼はあえて彼女を諫めることはしなかった。
「アイカ、頑張れ」
「っ……うん」
サリエルとアイカがそれぞれ狙う的の直線上に並び立つと、先程まで騒がしかった演習場内はしんと静寂に包まれた。
「それでは、アイカ殿から先手で頼みます」
シノルドの掛け声を横に受け、アイカは無言のまま息を吐きながら矢筒から矢を引き抜く。
日本の長弓とは違う別世界の弓矢。おそらく理想的な構え方も違うであろうそれではあったが、アイカはごく自然に、それこそ無意識的に一つの構え方をとっていた。
(ええか、クソガキ。弓ってもんはこう構えるんや)
頭の中にある遠い記憶の一場面。彼女にとっては思い出したくもなかったその映像に映るその姿を、彼女は頭の先から爪先まで、始めから終わりまで順番になぞった。
そうして放った矢が的の中央を射抜くと、演習場内の声が沸き上がった。
「うむ、見事命中ですな」
「ふぅ、これくらい余裕や」
一射目を終え一息をつくアイカは、その言葉とは裏腹に意外と精神を消耗したことに若干の懸念を覚えていた。
(練習とは違って本番はやけに気が大きくなるな。こんなことなら弓道の大会の一つでも出てれば良かったかな)
そんなアイカを尻目に今度はサリエルが一射目の体勢にはいった。
「見ていろ、クリフーンの魂が貴様を必ず圧倒すると」
そう言い、彼は先程と同じく力一杯に弓を引き絞り矢を放つ。
真っすぐに突き進んだ矢はアイカと同じく的の中央を射抜き、再び演習場が沸き立った。
その声に釣られるように、また城内から野次馬が現れて観客が増えていく。
演習場を囲う城壁の上にも幾人かの兵士たちが見張りの任のついていたが、傍ら二人の決闘の様子が気になるようで時折振り返って下の方に視線を向けている
その城壁にヒメカと気絶から起きたリーエルが昼寝中のユウトのそばにつきながら決闘の行方を見守っていた。
「一体全体どうしてこんなことに……」
「ま、まぁリーエルさん。殴り合いみたいにならなくて良かったじゃないですか」
「いや、良くないですよ! 他国の要人が自国内で決闘ですよ!? 内容はどうあれ、クリフーン本国から苦情が飛んでくるに決まってます!」
泣きそうな目で騒ぎ立てるリーエルではあったが、もはやどうにもならない雰囲気も感じ取っているらしく胸壁にしがみつきながら眼下のアイカたちを見つめていることしかできなった。
「それにしても、アイカさん弓矢の腕すごいみたいですね。もしかして猟師の仕事でもなさっているのですか?」
「いえ、そうじゃなくて、元々私たちの住んでいる家の近くに道場があって、お姉ちゃんは暫くの間そこに通って弓道を習っていたんです」
「キュードー……あなたたちの世界では弓矢の技をそう呼ぶのですね」
「はい。でも、別にお姉ちゃんは弓が上手くなるために道場に通ってたわけじゃないんです」
「えっ?」
「お姉ちゃん……今でも喧嘩っ早いですけど昔はもっと酷くて、目が合った人たち全員に襲いかかるぐらい短気で……。そんな性格を直すためにお母さんの言いつけで道場に通ってたみたいです」
「い、今のアイカさんよりですか……。で、それ以来性格少し落ち着くようになったんですね?」
「う、うーん……それは……」
リーエルの質問になんとなく歯切れの悪い感じの返事で返したヒメカ。
「む、むしろ悪化したかも……」
「ええっ、どういうことなんですか!?」
「な、なんというか。うまく説明できないというか、話して良いのかわかんないというか……。性格は確かに落ち着くようになったんですけど、別方向に悪くなったというか……」
「ますます分かりませんよ!?」
「ううぅ……ごめんなさい。わたしの口からあまり説明したくは……」
困惑するリーエルを前にヒメカは申し訳無さそうにリーエルと同じように胸壁にしがみついて演習場を見下ろして決闘の進行を見守ろうとした。だがその時、ふとヒメカは城の地下に囚われていた小さな狼のことを思い出して再びリーエルの方に振り向く。
「あのそういえば、リーエルさんに聞きたいことがあって、城の牢屋に……」
そして視線を向けてヒメカはあることに気が付いた。
「あ、あれ? ユウくんは……?」
「へっ?」
すっとんきょうな声を上げるリーエルはぱっとすぐ隣で寝ているはずのユウトの方に向いた。
こつぜん。
そこでシーツに包まれていたはずのユウトは、シーツだけを残して姿を消していた。
「………………………」
沈黙と同時にヒメカとリーエルの頭の中も時間が止まったようになった。
「なぁ、さっきすれ違った子供って誰?」
「さぁ? 兵士見習いかなんかじゃね?」
二人のすぐ横を談笑する兵士が通り抜け、城壁の上にしばらくの静寂が訪れる。
「ユウくんが…………」
「ユウトさんが………」
そして、ヒメカとリーエルの全身に冷や汗が駆け抜けた。
「いなああああああああああああい!!!??」
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