7-女魔術師はみた
「アイカ、ヒメカ!」
ウチらがあのケダモノたちを撃退したあと、その場でしばらく休んでいると、森の方からヒロ兄ちゃんの呼ぶ声がした。
「ヒロ兄ぃ!」
「お兄ちゃん!」
森から出てきたヒロ兄ちゃんの元にウチらは揃って駆けつけた。ヒメカはまたえんえんと泣き出してヒロ兄ちゃんの胸元に飛びつく。
「お兄ちゃあーん! 怖かったよぉーっ!」
「お、おいヒメカ、あんまりひっつくな! あと、鼻水拭けって……!」
「ほんま、ヒメカは泣き虫やなぁ」
実を言うと、ウチもヒロ兄ちゃんに抱き付きたかったのだが、なんだか気恥ずかしくて飛び込む気概にはなれなかった。
「おい、アイカ、おまえその傷……」
「えっ、あぁこれか? 大したことないって、こんなんツバつけとけば治るって……つてて」
顔ではなんとか平気なフリをしていたが、槍や小刀で切り付けられた傷は中々にしみるものだった。致命傷ではないにしろ、肩や脇の方からはまだぽたりと真っ赤な鮮血が流れ出しているところだった。
「森のゴブリンたちに傷つけられたのですね」
ふと、ヒロ兄ちゃんの背後から紺色のローブに身を包んだ銀髪の女の人が現れた。
うわっ、めっちゃべっぴんさんやん!
一目見た印象はそんな感じだった。手には赤や緑色の石がはめ込まれた長杖を携え、後ろに束ねた髪留めにも丸く大きな結晶のようなものが見えた。見るからに賢く、できるキャリアウーマンという女性がファンタジーの魔法使いの格好をしたらこうなるのだろうと勝手に想像した。
なんというか、ヒロ兄ちゃんが見ているアニメのヒロインの子にそっくりやなぁ……。というか、ヒロ兄ちゃんの好みのタイプなのでは?
ちらりと兄の方をみれば、彼は斜め後ろから横目でじっと彼女の方を赤い表情で見つめていた。
やっぱり、好みなんやな!?
あの聡明で大人びた兄の表情が明らかにきれいなおねえさんに恋する感じになっている。証拠に彼女に感づかれないように彼女の死界に回りながら横顔が見えるぎりぎりのところをキープしてちらちらと女のひとばっかり見つめていた。
あの感じだとたぶん一目惚れやろ、あとで目一杯イジったろ。
そんな事を思っていると、べっぴんさんの女の人がウチの前に来て跪いた。
「傷を見せて下さい。私が治療します」
そう言って手を前にかざして、何か小声で呟くと緑色の光が突如現れてウチの身体を包み込んだ。
「えっ、なんやこれ……!?」
「なんか、キレイ……」
初めて見る光景にウチとヒメカが揃って驚きの声を上げる。
「治癒魔術です。この世界ではそこそこ高度な技なのであまり見る機会も無いかもしれません」
「ち……ゆ……なんだって?」
「ま、魔法……?」
冗談みたいな単語が飛び出してきて目を丸くしていると横からヒロ兄ちゃんが察したように「嘘じゃないぞ」と声をかけてきた。
「アイカ、ヒメカ。いいか、今俺たちがいるここは、俺たちが住んでいた日本でも地球でもない――異世界なんだ」
ヒロ兄ちゃんが発した言葉に、ウチとヒメカはまた再び目を丸くして言葉を失ってしまった。
――――――◆◇――――――
この世界は【火・水・土・風】の四つの基本要素で成り立っている。これらが互いに様々な作用を引き起こしてあらゆる自然現象を発生させている。この現象、またはこの性質を含む物体ないし生物を『エレメンタル』と我々は呼ぶ。
それに対し、これらの属性を持たない無垢の存在もある。人間や動物、岩や木などだ。これらは『エレメンタル』とは異なるものの、それらを吸収し一時的な属性を得ることがてきる。これらを『マテリアル』と呼ぶ。
『マテリアル』である人間は『エレメンタル』より生じた存在であるゴブリンなどに代表されるような妖精や精霊の類にはまったく歯が立たないというのが常識だ。強さがどうのこうのではなく、彼らには
それらの存在に対抗するために人間は古来から『エレメンタル』を扱う術を磨き続けた。
『魔術』もその一例である。
精霊や妖精が扱う魔法を真似た人間独自の魔法とも言うべき『魔術』は一朝一夕で取得できる類のものではない。才能あるものが何年も修行を費やしてやっと初歩といったところだ。
ましてや、ただの子供が――そう、例えば『エレメンタル』の存在も知らなかった別次元の存在がソレを自在に操るなどありえるはずもない。
そう信じていた自分は今日で終わりを告げることになった。
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