*第二章ー6❇︎霧灯になくて、結翔にあったものは
***
「なん、ですって……?」
椎名が真面目に聞き返すせいで、野々花は質問がいかにずれているかを思い知ることとなった。
「タイムトラベラー……」
「霧灯が?」
「……すごくよく似ていて……この瓶をくれたから、取り返したのかなって」
「野々花さん……いいえ、野々花」
呼び捨てられて、野々花は顔を上げた。椎名は笑ってはいるが、どこか、氷のビームを発しそうな冷淡さを感じさせる双眸を向けている。
「そういうのは、漫画か小説にしかならないわよ」
「でも!」
「分かりやすく言うとね――……」
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――ばっかじゃないの! 漫画の読みすぎ! くだらなすぎよ!
カアカアのカラスの声すら、椎名の声に聞こえて来た。野々花はがっくりとしながら家に帰りついたところである。完全に聞く相手を間違えた。佐々木や鈴木なら、まだ明るく返してくれた気がする。
それでも、椎名と少しでも会話のラリーになったのだけが救いだったが、あまりのばかばかしい質問に、椎名は口をあんぐりと開けてしまい、野々花は後悔した。
それに、霧灯と椎名では、合わない気がする。
「誰にでも優しいからイライラ?! 勝手にすれば! 人の想い出、ガランガランにして!」
今日は腹に赤いムシがいっぱいいるらしい。
「泣くに泣けないんだってば!」
机に星空こんぺいとうをごつっと置いて、しばらくして、もう一度丁寧に置き直した。ラベルすらもう、指で擦らないと読めない。濡れたせいで、ラベルの劣化は明らかだった。
「可愛いこんぺいとうが、まるで砂利だよ……」
野々花は瓶を視ながら、当時を思い返した。あの時、病院で我儘をしなければ、結翔は野々花に声を掛けなかったのだろうか。ベッドに横になって、瓶を傾けると、ガラガラとキャンディの音がする。せめて、ラムネとか、もっと可愛いものはなかったのだろうか。
――ほら、優しくするって難しいの!
椎名の顔は真っ赤だった。優しくしながら照れているような。
「優しさって、瓶にキャンディ淹れることじゃないと思います」
今更自分の発した言葉に間違いを思い知った。本当に椎名が悪人なら、野々花を池に突き落としたかも知れない。
めそめそ泣いていた椎名は、本当に後悔していた。霧灯が飛び込むとは思わなかった、ショックだったと泣いていた。
……本当に、好きなんだね。きっと。
霧灯を思い浮かべた。分かる気がする。霧灯は分け隔てなくまるで天使のように笑うし、人が困っていたら手を差し伸べるだろう。
最低だという言葉はきつすぎる気がするが。
ただ、以前の結翔とは違和感がある。それは、もしかすると、野々花が知らない一面だったのかも知れないが、何か、ひっかかりが……。
確かに霧灯は当時のあの結翔にとてもよく似ているし、制服もそのままだった。声も思い出す限り同じだし、雰囲気も。
でも、何かが違う。霧灯になくて、結翔にあったもの……野々花はそれを見ていたはずだった。それでも、野々花はまだ、タイムトラベラーの可能性をすててはいない。霧灯自身も曖昧模糊な返答をして、そのまま話が浮いている。
仮に、別人だったとして、何故、霧灯は野々花の過去を知っているのだろう?魂が生まれ変わって転生したとか?
目を瞑ると、霧灯の差し出した手が浮かんできた。ぼんやりと考えていて分かった。結翔はいつも、長袖を着ていて、霧灯は半袖を着ている。
バッカじゃないの! また椎名の言葉に謎の邪魔をされた。
――なんだっけ……何か、引っかかる。
野々花は考えたが、答は見つからなかった。ただ、今日の一件が何かよい方向になればいいな、と願うだけだ。そんなわけで、おやすみなさい。
薄荷キャンディは、窓から射しこむ月の光に照らされている。
静かに瓶の中から野々花を見ているのかも知れない。少し、霧灯に似ていると思った。霧灯はこんぺいとう、というよりつんとした薄荷のほうが似合う気がする――。
*第二章*駄菓子と薄荷の小競り合い 了――
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