*第四章ー6*ののの、ノーの理由

 答を求める椎名の目が怖い。野々花は首をぶんぶん振った。


「まあ、その態度、何か言いたくて言えない時に、幼児がやるのよ。言って」


 作業を止めて、でばがめしている男子二人に「続行」と命令をかましたところで、霧灯の声。


「僕はきみに告白したのに、きみがはぐらかして答えないから、詰めただけだろ、何が、ののの、ノーだよ」


「霧灯っ……! ……え?」


 椎名に霧灯は向いた。


「そういうことだ」霧灯は小さく息を吐くと、まっすぐに椎名を見詰めた。


「どうやら、ののちゃんの心には、ふたつの枷があって、一つはきみだ。だからそれは僕が外す。きみの枷もね。気持ちには、応えられないんだ、椎名」


 ――まっすぐ。直球。まるで地平線、水平線。春の大三角形のような男の子。

 霧灯は嘘、偽りが嫌いだと言っていた。霧灯はどんな時でも、背筋を伸ばしている。


 さっきは落ち込んだ振りしていただけ? 


でも、椎名のことよりも、野々花はノーと言わなきゃいけない理由がある。


「あ、あの……わたしは」


「あら、あたしと同じなんだ。そう、分かった。あんた、振られた腹いせやめてね」


 ――あれ? カラカラとした言葉に、野々花は椎名を見詰めた。「何、そんな出目金になって」と痛恨の言葉を食らって、息を呑む。椎名は普通に笑いかけた。


「へえ、霧灯を振ったの? で、霧灯がキレて横暴を……」

「振ってません!」

「振られてないし、横暴もしてないから」


 同時に答えて、目があった。椎名は「ふん」と目を済ませると、「さ、作業の続き」と手を叩いて背中を向けた。


 あれれ?

 ――椎名さんは、泣いて謝るほど、霧灯さんを好きだったんじゃないの……。


 野々花は椎名の背中を見ていたが、肩越しに見えた霧灯と目が合って、また「がるる」と背中を丸め始めた。


 出逢ったころの安心する霧灯は隠れてしまって、どうにも狼に見えてしまう。


「さ、ひとつ、消してあげた……つもりなんだけど、変わってないな。どうしたものか」


 霧灯は机に片足をかけて、俯いてしまった。


「椎名の星座、蠍座なんだけど。真ん中のアンタレスって最強なんだ。ののちゃん、人の輝きは中心星座で決まるらしいよ。蠍だもんなぁ……ごめんね」


 なんで謝るのだろう。泣きそうになった野々花に、大きな手が触れた。


「椎名が女子を可愛がるのが嬉しくて。それがほかでもないきみで良かった。僕ももっときみを可愛がりたいものだけどね」


「あ、はは……」


 作り笑いが崩れていく。霧灯はぐいぐい入って来る。かと思えば、静かに丸まっている時もある。少しずれていたら、自分も霧灯と同じ星座だったと思うと、不思議な気分だ。


「椎名を頼むよ。彼女は自分のプライドで、他人に迷惑はかけないんだ。それだけは確かだよ」


 霧灯は告げると、「改めて返事は聞くから」と懲りず笑うのだった。

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