*第四章ー5*暴走羊のやらかし



「あら? 部員は? ダメだったの? ほらみな。わたしの言う通りで」


 椎名の顔を見るなり、野々花は椎名の腕に飛び込んで、思った以上に大きな胸に顔を突っ込んだ。


「な、なに?」

「すっ……すなは、さあああああああん――っ……霧灯さんが狼に……!」


「あ! あたしの制服にハナミズ! ちょ、落ち着きなさい。霧灯! あんた何したの!」


 後から辿りついた霧灯はくっくと笑って、目を細めている。

 悪びれもしていない霧灯に、野々花もまた耳を伏せて後ろに向けたい気分だ。


「うー……そばに来ないでください」

「きみのほうが、狼みたいだけど。子供の狼? ああ、にゃんこ?」


がるるるる、と唸った野々花をくつくつ笑いながら、霧灯は、「出来はどうだ」と二人の部員に声なんかかけている。


「どうだったのよ。結局」


「僕が断ったよ。ののちゃんには悪いけど。信念のない部員は不要だ。女王様のお怒りに触れるし」


 椎名がじろっと霧灯を睨む。霧灯は肩をすくめると、野々花に片目をつぶって見せた。

 びくんっとなるのが面白いらしい。人の気も知らないで!


「ほらほら、どう、どう、あんたたち、勧誘先で痴話げんか、やめなよね」


 どうどう、は確か馬がぶひひんとなった時に使う言葉である。実は面倒見が良い姉御タイプの椎名砂葉は、まるで姉のようだった。


「痴話げんかじゃないです。慰めてあげただけなのに」


 背中が泣きだしそうだったから、後ろからぎゅっとしたくなった。雨の日に雨に打たれた子犬がしょぼーんとしていたから野々花は傘をさしたまま、足を止めた。

 そうしたら、子犬は狼さんでした……と。


「あの男、手が早いのよね。無自覚のバカなの」


 じろっと睨んでおいて、椎名は息を吐いた。「そういうつもりはないのでしょうけど」


(いいえ、ばりばりありました! あーりーまーしたー!)


距離を取ろうと、野々花は椅子を椎名のほうに、そろそろと寄せる。椎名の声がぐっと低くなった。


「……まさかあんた、ののちゃんのスカートも……」

「おっと。そういう誤解はやめて。僕の怒り、鎮めてくれたお礼をしたまでだ」


「何をしたの」

「ありがとうの頬キス」


 しれっと言われて、野々花はまた心臓がナイアガラになりそうになる。


「霧灯! あんたはその暴走羊を檻から出すなよ! にこにこ笑ってなと私言ったでしょう! また叩かれたいの?」


「え? 頬くらいいいだろ。抱いたわけじゃないし」


「黙りなさい! のの、大丈夫? どこもおかしくない?」


 霧灯は「そんな言い方はないよな」と今度は肩を落としている。よくわからない性格だ。


「し、心臓がナイアガラ……」

「ああ、ののちゃんの心臓、ダイナミックだよなぁ。僕、雄大な風景が好きだからいつでも大丈夫だけど、きみの体内は沸騰しそうだな」


「霧灯! あんたは宇宙の底まで落ち込んでりゃいいのよ」


「では、落ち込もう。返事も貰えたしね」


 霧灯はどずーんと机の上で、膝を抱えて落ち込んで見せた。


「霧灯さん、本当に落ち込んじゃった」


「いいのよ、どうせ、すぐに立ち直るわ。のの、何があったの?」


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