*第五章ー3❇︎心のままに

 またおかしなことを言う。それより、野々花が結翔を好き? だから固執するのだろうか。


 ちょっとでも似ていると思い込んで、願望を重ねた?


「ちょっと、待って……?」


 野々花は混乱した口調で、髪を掴む。ぽかんとした野々花の前で、霧灯は鞄を肩に掛けたところだった。


「なんてね。肥料でもいいよ。もう、結翔は……いないんだから。また泣きたかったら言ってくれれば場所貸すよ。それに、知っている相手なら、思いっきり初恋を語れるのかも知れないし、それが一番の供養だよな」


「初恋……考えたこともなかったです。じゃあお兄ちゃんも」


 霧灯の目が点に近づいた。


「アハハ。結翔がその年のきみに初恋してたら色々すごいけど、やばいよそれは。君の想いは初恋だろ。そうだ、ぼろぼろの星座盤、直しておいた」


 ちまっとテーブルに置いてあった星座盤は、綺麗に重石を載せられて、修繕されている。


(いつの間に……)


「ありがとうございます」


「でも、それ、雑誌の付録。もう星座は13星座だとうわさされてるけど、こじつけもいいところだ」


 牡羊座、おうし座、ふたご座、かに座、獅子座、乙女座、てんびん座、蠍座、射手座、やぎ座、水瓶座、蛇使い座?


「ひとつ入ったせいでずれたけど、あの話も立ち消えたよ」

「霧灯さんは、今の星座ですよね」


「雨、止みそうだ」窓が明るくなってきた。ゆっくりゆっくり、陽が昇る前の雲がはれる。


 ――この人、やっぱり、光、似合う。


「止む瞬間の、緩さがいいよな。また、希望が持てる。濡れた世界も、悪くない。結翔もね、雨が好きだった」


 横顔は、儚い結翔を思い出させる。


 ――ああ、きっと、霧灯さんも、結翔お兄ちゃんを好きだったんだ。ノートの結翔は、現実に見えていた彼と程遠かった。


逃げようの意味を、数年後にやっと知ることになるなんて。


「こんなに綺麗なのに、どうして……」


「さあ? 臆病の考えは分からないな」ふいっと霧灯が振り返った。窓に手を置いたまま、ちらりと野々花に視線を注ぐとカバンを置いた。


「こんなに、可愛い子がそばにいたって、逃げる時は逃げるものだよ。あれ? 逃げないのかな」


 頬を撫でる手が心地よい。ひんやりと冷たいのは、窓に触れていたせいだろう。霧灯の触れ方は、乱暴なそれじゃない。


 きゅう、と響く心の邪魔をしないように、空気のように指先を頬に触れさせる。


「ん……」小さな声を漏らした途端に、がばりとやられた。


「ちょ、霧灯さんっ! も、もうう」

「可愛い声、出すからだ。きみにすりすりするの、俺、好きだな」


 完全に「かまちょ」逆転。喚いたところで、ドアが開いた。


「――朝っぱらからいつまで冷える廊下であたしを待たせるの! は、入れないでしょ! 霧灯! ののも!」


 じゃれあっていた二人に、少し赤面した椎名の呆れ怒号が降った。野々花は思いっきり霧灯を突き飛ばしてしまった。

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