*第五章ー2❇︎かまちょの発芽

「おはよー、ございます~~~~」


 机には、マスコットが下がった女子のカバン。スクールカバンに不釣り合いだが、どうやらカバンの主は、マスコット好きらしい。


「……よりにもよって、思い出しちゃうじゃん」


 野々花の悪夢を連れて来る、霧灯優衣のカバンである。霧灯は悪い人ではないのだが、時折悪い狼になる。


「あれ、早いね。素晴らしい朝だね、ののちゃん」

「出た」


 ――夢のキスを思い出して、野々花は顔に縦線が現れる心地になった。なんで、想い出の中にまで霧灯が出て来るんだろう。

 せっかくお兄ちゃんに逢えるかもしれないチャンスだったのに。「全て知ったね」って笑って貰えたら、野々花も気が楽になるかもしれない。


 ――どんなでも、いいんだよ。優しいだけじゃ、おかしいよ。


「霧灯さん、どこみて素晴らしい朝だって言ってるんですか。雨、降ってますけど」

「うん、僕は雨も悪くないと思う。僕が産まれた日は雨だったらしいよ。4/1は雨が多いらしいけど、嘘つきの子供の祝福かな」


 野々花は「さいですか」と流すと、ロッカー代わりにしているワゴンの籠を探り始めた。見つけた野々花専用のお菓子を手に、また霧灯の前に座る。


 霧灯はどうやら、天文関係の本を読んでいるらしい。(そういえば、結翔お兄ちゃんも)乾燥機待ちの時、ミステリ、読んでいたんだった。


「……似てる、なぁ……」


「従弟だからな」霧灯は問いを確認もせずに応えて来る。


「名前まで同じ呼びだ。それでも、漢字は違うけど。あっちはゆいと、こっちはゆいくんって親戚のおばちゃんたちは呼び分けてたよ。おかげで、名前を書くと大抵女子に間違えられるよ、僕は」


「ゆいくん?」


「本来はゆいと、だけど。母親もゆいちゃんって呼んでくる」


 ふうん、と野々花はテーブルに座って、腕を丸めて頭を載せる。


「ゆいくん、って感じがします。霧灯さん。やっぱり、お兄ちゃんに似てるんですね」


「性格はまるで違う。でも、兄弟みたいに仲良しだった時期もあった。自傷行為が出るまでは。ある日突然だったんだ。原因を知ろうと思ったら、きみのことばかりだったよ」


 霧灯の声はとても心地いい。きっぱりはっきりなので、聞き取りやすいし、ぱきっとした性格によく似あっている。


 時折手にするカフェオレのボトルも、かっこいい。ただ……小指を変にひっかける癖があるらしい。


「霧灯さん、癖、多いですよね」

「やぶからぼうに、なに」

「ううん、見ていて気が付いただけ。首とか肩、よく揉むし、今も小指が変な動き方するし」


 霧灯はにこ、と笑うと、「窓の景色でも見ていなよ」とやんわりと野々花を遠ざけた。

 夢で見たせいか、野々花はちょっぴり「かまちょしたいモード」である。霧灯の一挙一動に目が吸い付いてしまうのは、あの何とも言い難い夢のせいだ。


(いや、逆でしょ、あたし)そう思っても、何となく霧灯に絡みたくなってしまった。

 霧灯は、本を閉じると、ようやく野々花のほうを向いてくれた。


「しかし、きみ、登校早いんだね」

「いつもはぎりぎりなんですが……霧灯さんの夢を見ちゃって。何となく、逢いたくなって……そうだ、お腹が鳴ったからお菓子を取りに来たんですっ」


「僕の夢? ああ、告白が衝撃的だったかな。本当のことを言ったまでだ。こうみえても、僕は案外人見知りで、人と距離を保ちたくなるタイプなんだけど」

P

 霧灯はカフェオレを煽り、飲み干してから、野々花に向いた。


「この間、こっそり手に触れたのは、ののちゃんからだったよな」


 最初の暴走の言葉を打ち消そうとしたが、遅かった。夢のように、大量の羊が空から降って来ることはないだろうが、距離感が似ていた。


「暴走する羊、ちゃんと繋いでおいてくださいね」

「繋いでいても、きみが外してしまうんだろ。ののちゃん、どうして僕にかまちょするんだ」


 かまちょ。構いたくて出すちょっかい。


 ――言われた。野々花は目を瞑ると、あの時を思い出そうと躍起になった。野々花自身、どうしてあんな風なことになるのか、まったく理解も把握も出来ていない。霧灯は一つ上で男の子なのに、「ぎゅ」とかしたくなってくる。


 霧灯の言う通り、野々花が「かまちょ」してしまうのだから、霧灯はたまったものではないだろう。


「なんか、距離の取り方がわからなくて」

「過去の余韻に浸りたい気持ちは分かる。ののちゃん、君はね」


 近づくと遠ざかる、捕まえられない答を、霧灯はたやすく捕まえてしまった。


「多分結翔を好きだったんだよ。でも、芽は小さすぎて、蕾もつけられないまま終わった。そこに似た僕が来て、ちょうどいい感じに君はまた、芽をつけた。僕はきみのための肥料じゃないんだけどな」

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