*第三章ー2❇︎君に話がある

***


「あの、悪気はなかったんだから……仕方ないと思います……」


 背中を向けて落ち込んでしまった椎名を慰める時間が惜しい。元々1枚にそうとうな時間をかけて来た。早く書き直さないと、と思っても、椎名が気になる。


「わたし、もう、消えたい」先ほどからこればかりである。


 先日のこんぺいとう事件から椎名は何か変わろうとしているらしかったが、女王様だった時よりもミスが増えている様子だ。


 ネイルも一本忘れていたり。


「あんたももっと怒ったらいいのよ!」

「いえ、わたしの星座が消えたので良いです」

「なんでそんなに自分の星座を嫌うの……」


 椎名は告げると、アクリル板を確認している霧灯に向いた。霧灯は持ち前の冷静さでキビキビ答える。


「無事なのは、20枚の中の4枚か……星座照射は諦めて、星屑だけにするか。元々一緒に映るんだし」

「そうね」


 泣いている暇はない。四人の合間に割り込もうとしたが、いち早く鈴木が入った。


「それならさ、俺ら5人の星座に絞れば面白くね?」


 黙っていた作業班の一人、佐々木が頷き始める。


「部長が、蠍座だろ、副部長と俺が牡羊座で、鈴木、なんだっけ」


「射手座だっつーの。ののちゃんは」


 野々花は俯いた。

 そんなの冗談じゃない。野々花は自分の星座が大嫌いである。みんなが羨ましいほど、大嫌いだ。エピソードが嫌いなのである。健康になって、星座を調べていて愕然とした。血液型は堂々のOだが、星座なんか伝えるつもりはないのである。


「ののちゃん」


 元々、自分の星座を描かなかったから、椎名が気づいた。ちゃんとやりなさい、と叱られたところで、霧灯がやってきて、野々花は出来心で椎名を突っついた。テーブルを叩いたせいで、アクリル絵の具が流れ出て、凝固してしまった。


 やっぱり、野々花の星座はろくなものではない。原因は、いつもそこだ。


「ののちゃん、何座」


「……豆腐のぎょうざ、ラー油抜き」


 部室がしんとなった。5人しかいないのに、さらにお通夜である。


「この案は、駄目だな。どうする」


 配信で目を惹かないと、天文部には入部希望者は来ないだろう。ポスターを張っても、生徒会の見回りで剥がされる。ビラも禁止。せめて3人で一年乗り切っても。来年は野々花だけが毎日夜空を見上げるだけになってしまう。


 部室も要らないだろう。事実上廃部だ。


「――考えましょう。わたしも、おとなしくするわ……」


「そもそも、配信で部活勧誘自体が難しいよな。学校チャンネル以外でやれたらいいのに」


「収益化するバカがいるからだろ」


 散らかったアクリル板に、野々花はまた小筆を置いた。やれることは少ないからこそ、成功させたい。なのに、どうしてこうなる。

 世の中には、もっともっと躓いても強い人間もいるのに、もっともっと嫌な目にあってもいい人もいるだろうに。どうしてわたしばかり。


 生まれた時から、神様は意地悪をしてきた。野々花だって、何でも食べたいし、恐れずに生活したい。でも、どうしても、越えられない壁がある。


 野々花は筆を止めた。ぽたり、とアクリル板に涙が落ちる。


「ののちゃん? 責任感じなくていいから……」


 ――急がなきゃ。


(ねえ、おにいちゃんはどうして急いだの? いつも、何を急いでいたの?)


 目の前にいるのに、別人だなんて信じられない。どこまで神様は意地悪なのだろう。


「ののちゃん」

「……結翔おにいちゃん……、たすけてよ……のの、頑張ってるのに……逢いたい……」


 霧灯に気がついた。霧灯は頬を硬らせて野々花をただ見ている。

 はっと野々花は口元を引き締めた。


(わたし、いま、会いたいって……誰に向かって……)


 ここにはあの結翔はいない。わかっているのに、逢いたいなんて! いつまでしがみ付いているのだろう。情けなくて涙が出て来る。


「今日は、解散しよう。まだ日はあるんだ、なんとかなるよ」


その言葉で、作業は停止となった。野々花は突っ伏してしまって、時間がコチコチと流れていった。


「ののちゃん、座って」

「あ、わたしも残るわ」

「きみは帰ってくれ。原因はきみが机を叩いたから」


 野々花は頭を振った。違う。椎名は自分の甘さを注意しただけだ。自分の星座が好きになれない。どうしても、こんぺいとうの中には入れない。


「ののちゃん、また明日な」

「のの、ごめんね。霧灯の言う通り帰るわ」

「ののちゃーん 明日は笑ってね!」


 各々の思いやりを好きに置き、3人は気配を遠くする。


 悔しさで動けない上で霧灯は静かに告げた。


「君に、話がある」と。

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