*第三章*手作りの天の河で

*第三章ー1❇︎天文部再起動?

「おーい、また剥がれた」

「いっそ釘で打つ?」

「学校に怒られるって。貼り方かな」


 また緩んで来たビニールの下でのいつもの会話だが、内容が違った。


「何がなんでも、オンラインプラネタリウムを実行するわよ!」と部長の椎名が一喝したのである。


 それどころか、椎名は追い出した部員に頭を下げて、戻って貰えないかまで始めたらしい。しかし、物事は上手く行かず、現在も部員五名。一年生は皆無である。


「……黒の女王様が白の女王になったのは、きみのせい?」


 霧灯は釘をくわえて、今日も三脚の上で作業している。


「いえ……霧灯さんの池ドボンのショックかも」

「ああ、あれ。うちに帰って風呂に飛び込んだよ。池なんて飛び込むものじゃないな」


 あっけらかんと告げる霧灯に頭を下げて、野々花はボロボロの星座盤を視ながら、最後の1枚のトレースを始めたところだった。

 配信日は迫っている。でも、この調子なら間に合いそうだ。


 散々考えた挙句、肝心のトレースは、野々花が引き受けたほうが良いということになった。まず、椎名はちまちま作業が嫌いだし、鈴木と霧灯はどこか雑で、向いていない。佐々木は図面が苦手らしく……野々花が適任なのは明らかだ。

 透明のアクリルシートに、星座を描くのはとても楽しくて、放課後になると、野々花は時間或る限り、天体を模写している。

 もうすぐ北半球が終わり、総じて春夏の夜空が出来上がる。秋冬はあまりに時間がかかるので、天の川の手前まで、とのことになった。


「(うっ……私の星座登場だ)と思いながら、上手に避けて描いて行く。天井に映すための、シートを自分で作るのはどうか、と思いついたのは、野々花だ。


 ボロボロの星座盤は、とてもよく出来ていて、南半球の星座と北半球の星座が対比しているのが良く分かる。これをそのまま映しても、自分たちらしくない。

 そこで、椎名が活躍した。

 部屋全体を黒で覆い、真下から映す。蛍光塗料ではなく、映像プロジェクター(LED搭載)の機器を重ねて使うことで、奥行が出る。

「5人くらいでちょうどいい割り振りだわ」

「いや、少ない……」椎名は「これがお詫びよ」と地球儀型のプロジェクターを買って来た。それでも、やはり部屋は暗いほうがいい。結局音楽室にあったボロ(といってもまだ使える)のお金持ち吹奏楽部から暗幕を安値で譲って貰い※部費、学校に許可を経て、釘打ちで固定する。


 椎名は、野々花の瓶や、霧灯に関しては何も言わなかったし、野々花も根にもつのは辞めた。時折霧灯と喋る椎名は、おしゃまなチンチラが照れたように、ふわりと笑う。


 ――わたしも、結翔と一緒にいる時は、とても温かかった。


「ばっかじゃないの!」椎名の言葉にはぐさりとやられたが、確かにバカかも知れない。それでも、野々花は霧灯が同じ人物であると信じたかった。


 しかし、霧灯は普通に寝て、ご飯を食べて、時折ゲームして、部活して、校門までついて行ったがまっすぐに帰って行く。

 トラベラーのかけらなんかあるわけがない。だとしたら、ドッペルゲンガー? それも違うだろう。

 親戚? それなら、霧灯はどうして野々花を知っているのだろう? 時間にして二か月。そんなに色濃く憶えているものだろうか?


 ――こんぺいとうをゆすった幼児、なんて言われてなければよいですが。


 窓から風が忍び込む。野々花は雲の濃い空を斜めに見上げた。

 ゆうとのことを知らないから、霧灯との繋がりも分からない。それほど、野々花は「大切な想い出」といいつつも、中身がスカスカだったことに気が付く。


(あたし、わがまましたくせに、ゆうとお兄ちゃんのことを何も知らなかったんだ)


 過去の欠片で作り上げているだけなのに、どうして、霧灯を見ていると、思い出してしまうのだろう。

 少なくとも、10年は経っている。出逢った時から霧灯が年を取らないなんてありえない。




「あんた、なんでそんなにトレースが上手いのよ?」


 野々花が書いている透明のシートを覗き込み、椎名は唸った。


「あ、よく、真似して描いていたので」

「星座を知り尽くしてるって感じね。でも、ここ、抜けてるわよ」

「わたしの星座なんですけど、嫌いなんです、大っ嫌いで」

「変な穴が開くでしょうが。ちゃんとやりなさいよ」


 揉めているところに霧灯がやってきた。


「あ、この星座なんだ」とさっと終わらせると、「後で僕が足しておくよ」と窘めて帰って行った。


「ああいうところが甘いのよ、霧灯は」

「そこが好きなんでし」

「それ以上言うとぉ」椎名が机を叩いて邪魔をした。霧灯には聞こえなかったようだ。



「……気づいてると思いますよ……ってああっ!」

 アクリル板で丁寧に描いていた。塗料はこびりつくとなかなか取れない。


「ご、ごめんなさいっ……」椎名はまたもややらかした。完成していたアクリル板に、塗料が無情にも流れてしまい、天の河になってしまったーーーー.....。

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