ブルーモーメントの中で⑥

 再び野々花の体質などの話を通して(母親が連絡済みですが)、霧灯は星型のテー

ブルを選んで手招きした。


 ディナーの時間にしては人が少ないのは、隠れ家レストランだからだろうか。

 隠れ家にしちゃったら、お客さんは来ないと思うのに。


「ののちゃん、落ち着かない?」

「看板もないし、どうやってお客さんが来るんだろうって」


 色気がなさすぎる会話だが、霧灯は「知る人ぞ知る、らしいよ」と早速メニューを開いている。何もかもが星座がモチーフ。コースターは持ち帰っていいのだろうか。

 ちょうど魚座。ピスケスの英訳が目に入った。


 持ち帰ろう。決めて、野々花は片足を投げ出して座っている霧灯と改めて向かい合った。とはいえ、お互いに何を話せばいいか困惑している状態である。

 

「あの、わたしも霧灯さんが好きみたいです」

「うん、そんなののちゃんが好きだよ」

「わたしも、霧灯さんが好きです」


 ひたすら、しーん……そんな頭が痛くなる未来が見えて、どうにも話が切り出せない。


(ふえええん、おにいちゃん……空気が重い……っ……)泣き言を描いたところで、霧灯が自ら助け船を出してくれた。


「ここ、好きかな、と思って、選ぶのが楽しかった」

「あ、はい、好きです」

「天文部に希望するくらいだもんな。結翔の影響もあるだろうけど。あれだけの案を出してくるなら、元々星座が好きだったんだろ。星とこんぺいとうをごっちゃにするくらいは」


「う、ふふ」


(良かった、和んだ)ほっとしながら、野々花はメニューを受け取って、あれ?と目を擦ってみる。

 どうも、見た覚えがあるような……?


「選んでていいよ。僕の話を勝手にするよ。僕と椎名は、共犯だ。あ、椎名が僕を好きなのは本当だけど……ある意味枷だったからな」


 どこで、だったかな。

 メニューはとてもきれいだけど、何かもっと雑なイメージ……。


「僕は虐められていたんだ。こんな性格だから。かっとなるし、人の助言はきかないし。手がつけられなかった。反抗期は長かったよ。でも、椎名が叱ることで、調和がとれたんだよ。だけど、それは恋なんかじゃない。だから言っただろ、僕と椎名は合わないって」


「え、あ、はい。椎名さんが叱ったんですね」


 記憶の蓋がぱかぱかしている中で、霧灯は肩をすくめて鞄に腕を突っ込んだ。出て来たのは、あのノートだ。


「これは、きみにあげるつもりだったんだ。でも覚悟が出来なかった」


 色とりどりの星型のデザートがゆらゆらと脳裏で揺らめくなか、野々花は顔を上げた。結翔の生きたノートが机にそっと置かれる。


 現実と、過去がクロスオーバーする感じ。


「真実は残酷だけど、知らないほうが良かった?」


 野々花は顔を上げた。


 ”覚悟が出来なかった”優衣と、”覚悟なんかしなかった”結翔。

 どちらが正しいのだろう?


 生きていきたい。

 その気持ちが強いほうが、正しい気がする。


「お願いだから、そんなに責めないで……霧灯さん、自分を責めないで」


 霧灯は「これは驚いたな」と言葉を失っている。


(そう。霧灯さんは、ずっと、このノートに心痛め、わたしを案じて、悪役を演じていた。だから、あんな言葉を吐き、椎名さんを巻き込んでも、ののを奪おうとしたんだ……)


 本当の、霧灯は違うのだろう。椎名が教えてくれた。


「僕は責めてなんか……」


「だって、結翔さんのこと、辛いでしょ。それで、あたしに優しくするとか……」


「はは、そこまで言われると、また繰り返したくなるよ。きみはもっと我儘でいいんだ、ののちゃん」


 霧灯は、軽く笑って、「期待させたいの?」と優しく聞いた。

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