*第二章ー2❇︎わたしの大切な御守なんです
***
――あんたは、そうやってなんでもかんでも首を突っ込むの、やめなさい。
母親にはよく叱られる。
元々は療養で遅れを取ったので、野々花はなんでもやる!という持ち前の美しくないド根性で取り組むことにしていたが、今回は難題過ぎた。
まず、霧灯と相談して、ポスターを貼ってみたが、翌日もっと目立ちたい部が上に貼った。それならと階段の踊り場に貼ったら、椎名が剥がしてしまったらしい。
野々花は一年生の数人に、どうして天文部を辞めたのか聞いて回った。しかし、相手があの、椎名砂葉だと知るや否や、女子は口を閉ざしてしまった。
それどころか、近寄らないほうがいいと警告までしてくる女子も現れた。
「ろくなことにならないから。あなたも辞めたほうがいい」
「え……」
「だって、内申も関係ないし。無駄な時間を過ごすことになるわよ」
嫌な言葉だ。今こそ健康だが、野々花は復学した途端、同じ言葉を言われた覚えがある。野々花の病状は奇跡的に手術で完治し、病院とのご縁も無事に終わったが、子供たちには伝わらなくて、仲間に入れて貰えず、ひまわりの傍で泣いていたことも多い。何かやろうとしても、腫物に障るような扱いを受けたりもした。
野々花が知識を得ている間、みなは社会や集団の模擬練習をしていた。ぽつんと立ち尽くす野々花を導ける年齢でもない。
異端を見る目。
そんな扱いを受けて、傷がつかない人間がいるものか。
椎名だって傷つかないはずがない。自分の酷い言葉は、まず一番に自分を切り裂く。正攻法で行くしかない。
つまり、椎名自身に聞いてみる。
「――聞いてみよう」
帰宅して、部屋のカレンダーをみる。今日は木曜日。椎名はなぜか一日おきに部室に来ている。今日はいなかったから、明日会えるだろう。同じ女子で二人しかいないのだから、仲よくしたいし、楽しくやりたい。
(うん、そうしよう。いやなことは思い出さないっ)
決めて、上掛けに頭ごと突っ込んだ。「みんなのいえ」の夢を見たが、会話の相手は霧灯だった。起きて愕然として、また毛布を引き上げた。
意固地な頭。だから、ありえないんだってば! たぶん……。
***
――決戦は金曜日。どこかでレトロなポップスを聞いた覚えがある。まさにの心境で、放課後、また傾いて来た土星の模型と格闘して、輪っかを修繕しているところで、椎名が現れた。
「何しているの」
「あ、土星が傾いているので。なんか、まっすぐにできないかなと」
「…………ふん、まっすぐな土星なんて有り得ないわ」
椎名は片手で土星をぴしゃりと叩き、また斜めにしてしまった。
「カッシーニの軌道くらい調べたらどうなのよ」言い残すと、「まだやってたの」とプラネタリウムのドームを見て、嫌な声音になった。
しかし、いつもより、声音は優しく、椎名は首を傾げて見せた。チャンスだ。野々花はすがさず割り込んだ。
「あら? ちょっと違う?」
「はい。天井が透けないように、みんなで暗幕を張って、プラネタリムの映写機と」
「霧灯、また成績順位が下がっていたわよ」野々花の説明などどこ吹く風で、椎名は三脚の上の霧灯に語り始める。むっとして野々花は椎名を見詰めた。
椎名も睫毛を揺らして野々花をみつめてくる。負けるものかと見上げ続けていたが、椎名はより冷淡な口調で言い返した。
「分かってないわね。三年で引退してから勉強に焦っても遅いのよ。二年の部活なんか、同好会でいいじゃない。将来台無しになるわよ」
やれやれ、と霧灯が降りて来た。
「きみは進学コースじゃないだろ、椎名。芸術ならもっと嫋やかにしたほうが」
「うるさいわね。よ、余計なおせっかいかもですけど。副部長の貴方が成績が落ちると、部長のあたしが責任を感じるでしょ」
――なるほど、女王様だ。自分のことしか考えていない。野々花はむっとこぶしを握った。いち早く椎名本人が野々花のげんこつに気が付いた。
「な、なによ。げんこつなんか作って!」
「星、嫌いなんですか?」
「は? ええ、き、嫌いよ。大っ嫌い! だいたい星なんて遠くで惑星が力尽きた輝きだっていうけど、ガスなのよ、ガス。あなた、誰かのおならを美しいと思うの?」
絶句。
もっと、言い方があるだろうに……間違ってはいないが、夢は夢で……と言いたくても、あまりの脱力感で、野々花はもごっと口の中から言葉とふにゃりと押し出すだけだった。
「星には、たくさんの想いが…………それがおな……」
幼少の貧血が甦って来ないかと思うほどの衝撃だ。合っている。たしかに、星の輝きは、纏ったガスが燃えていて、ビッグバンはそのガスが……。
ガス、の言葉で椎名の言葉を思い出し、震える手でカバンを開けて、野々花はあのこんぺいとうの瓶を取り出した。
「あ、あたしの想い出ですっ! これが無かったら、あ、あたしは……見て!」
突きつけられた椎名は「溶けてるけど」と眉を潜めた。
「星のかたち、してるでしょ! こ、これをおな……おな……酷すぎます!」
言葉が出せず、それでもなんとか言い返す。椎名は相変わらずじっと見据えていたが、やがてぷい、と顔を背けた後で、向き直った。
「……悪かったわ。さすがにそれは言い過ぎた」
さすがに失言だった、と思ったのだろう。ほ、と頬を緩めた野々花に手を差し出した。
「須王さん。それ、見せてくれる? 夕陽が当たって綺麗で」
「は、はい」
事態を見守っていた霧灯はまたほっとして三脚に登り始めた。
「わたしの想い出なんです。昔、それをくれた人と約束したの」言葉の合間に、霧灯の叩く木槌の音がリズミカルに響いている。
「頑張ろうって。わたしの大切な御守なんです」
木槌は止まず、時折間を開けながら、快活な音を響かせていた。
「ふうん」と椎名は手でそれを弾ませると、目をぎょろりと走らせた。瓶を抱えるようにして部室を飛び出した!
「あ!」
「椎名! あいつは!」
三脚が倒れるほどの勢いで、霧灯も走り出した。それを追い抜いて、野々花も追いかけようとした。その手首を霧灯ががっちりと掴む。
「ののちゃん! 君は走らないほうがいい」
「と、取り返さなきゃ! ど、どうしよう、霧灯さん。椎名さん……」
明らかな悪意を向けられて、野々花は困惑していた。自分の大切なものを奪われる。その感情は、「みなと違う自分」を疎んでいた過去を揺り戻しそうだ。
――こわい。
「ののちゃん! 大丈夫だ。椎名は悪い奴じゃない。少なくとも今までは……」
霧灯は何かを言いかけて、頭を振った。
「ともかく、瓶を取り返そう」
**************
ふたりで手分けして、椎名を追った。髪が長いので、走ると目立つ。途中人違いを繰り返した挙句、見つけたは霧灯だった。
フェンスの向こう。校庭に繋がるエントランスに、見慣れたほっそりとした立ち姿を認める。椎名だ。目の前を運動部員が通り過ぎた。
「外にいる。困ったな。こちらからだとぐるりと迂回……」
フェンスに手を掛けて、足を引っかけた。「ののちゃん!」霧灯を背にして、飛び降りた。椎名の後ろでは、池の水面が陽光を反射させて揺れている。
不安定な水鏡面に、野々花の心もざわついた。
「あら、意外とやるじゃない。フェンス越え?」
「か、かえして! それ、わたしの大切な」
「大切な?」
椎名は手で弾ませると、高く投げて、キャッチして見せた。今まで、野々花の廻りには本当の悪人はいなかった。しかし、椎名は違った。出逢った誰よりも、野々花を拒絶して、野々花を追い詰めようとしてくる。
「あんたみたいなの、大嫌いなのよ」
椎名の指がコルクの蓋にかかる。ぎゅっと力が入れば、コルクの密閉は解けるだろう。その後は嫌でも想像がつく。残り少ないこんぺいとうは――……。
「ま、まさか……お願い、やめて」
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