*第五章ー6❇︎月の涙

***


「強くならなきゃ、恋なんかできないでしょうが。ちゃんと想い、伝えるわ。結果、霧灯がわたしを選んでも、それは構わないでしょ?」



 昼間の椎名の言葉は、夜になっても頭から離れなかった。喋っている時はそんなに重要に思わなかったのに、外でうすぼんやりとした星を見ていたら、浮かんできた。


 今は五月だから、春の大曲線。さかさまになったスプーンがかすかに見える。その中心には北極星。そして、三ツ星オリオン座……は雲が多くて見えやしない。


 野々花の部屋は、療養を考えた建築で、窓から猫の額ほどのベランダがある。これは、戻って来た時に、父親がまず改築してくれた大切なスペースだ。望遠鏡が欲しいが、高額。それでも、父親が作った椅子や、母親が持ってくる紅茶を置ける小さなデッキは「みんなのいえ」の屋上を思い起こさせた。


「……椎名さん、告白したって無駄なのに」


 霧灯は口を引き締めて、はっきりと告げていた。「きみの想いには応えられない」と。それなのに、どうして辛い想いをするのだろう。


「ちょっと、羨ましい」


 野々花は椅子を引き寄せて、冷え防止に肩に掛けたストールを引き上げて、月の映る紅茶を口に運んだ。湯気に顔を当てているうちに、目元が湿って来た。


「やだな、もう」


 独り言がいい感じだ。野々花は目元をこすると、空を見上げた。ほら、やっぱり、都会の空は、ぼんやりする。――と、夜空の月がくっきりと彫り込まれたようなクリアさで見え始める。あ、曇った。月が落ちた――と思ったら、野々花の涙だった。


 涙越しに夜空を見ているから、一緒に零れる。こんな時にこんぺいとうがあったなら。


 でも、もうこんぺいとうはない。他でもない椎名の手で無残に飛び散った。


 そのこんぺいとうの瓶を、五月の池に飛び込んでまで霧灯は探して拾ってくれた。いつだって嘘がつけないと言いつつ、自分は嘘の子供だという。


「……いやだ」


 野々花は口に出してみた。あまりに都合が良すぎるから、だから私はこの星座が嫌い。流されるだけ流されて、目的なんか見えやしない。


「のの? 風邪を引くわよ」

「うん、もう部屋に帰る」


 ゴミ出しを終えたらしい母親に見つかって、野々花は部屋に引き返した。

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