*第五章ー8❇︎飛び出したこんぺいとう
「皮肉にも、自覚させちゃったか。僕は完全に失恋、か……。きみの目が、僕を素通りして遠くに恋しているから、とどまって、僕自身を……今更言っても無駄だよな」
ほら、容赦がない。
野々花は小さく頷いた。
「霧灯さんを見ていると、どうしても……死んだ結翔さんを思い出すから……つらい」
とうとう口にした。つらいと。
(私の中の、お兄ちゃん、お別れだね)
星のカタチの、こんぺいとうにはたくさんの想いが詰まってる。結翔の想いも詰まっていたのだろうか。それが、最後まで残して溶けかけたこんぺいとうでなければいい。
「生きたいと言ってほしかった。わたしだって、こんなアレルゲン抱えて頑張っているのに」
霧灯は何も言わなかった。
もう、霧灯が野々花を抱きしめることも、手を握ることもないだろう。これから、その手と微笑みは、椎名に向けられていくのだから。
「楽しんできてください」
「――今度の日曜日に水族館に誘われたよ」
途端に優しい気持ちが吹っ飛んだ。嫌いなものがうじゃうじゃ……思い出して、野々花はそっけなく告げる。
「……タノシンデキテクダサイ」
「とうとう、負けたな。でも、椎名の気持ちに応えてもいい気がして来た。ありがとう、ののちゃん」
ちくん。
胸がちくりとした。
急に、霧灯が遠くなった気さえする。
「お礼なんか言われることはしてないです。椎名さんもあたしにお礼を言ったけど……霧灯さんの本物の笑顔を見られたって。だから、のの、ありがとうって」
変だ。喋るほどに、霧灯が離れていく気がする。会話って、近づくためにするものではないのだろうか。知ろうとして、お互いを教え合うものではないのだろうか。
「…………」
v野々花はだんまりになった。すると、もっと速度を上げて、霧灯は遠くなっていく。
「のの、ありがとう」
一瞬、背中にかつて優しく接してくれた、少年が見えた。じわり、と涙を浮かばせたところで、霧灯は気取って挨拶をする振りして告げた。
「お礼のデート、してくれませんか」
――はい? うん? デート???
「あ、あの、霧灯さん」
「どうしても行ってみたい場所があって、でも、男一人では入れないし、椎名と行くのも気が引ける。星座カフェなんだけど」
(なんでデート)混乱する前で、霧灯はスマホでお店を見せてくれた。
「星座ごとにパフェがあって、お皿も星なんだ。ほら、マドラーとか可愛いだろう? 売ってるんだよ。こっちのコースターも」
確かに、大皿に乗ったパフェや、パンケーキはそそられるが、野々花はじっとメニューを見た。
「あたし、食べられるもの、飲み物……それも、この、パッションソーダしかない……」
「いいよ、僕が楽しみたいだけだから。でも、きみとなら楽しめる気がする。諦めるから、一度だけ付き合ってほしいんだ。そうしたら、ちゃんと椎名と付き合えると思う」
霧灯は吐露するように、続けた。
「きみは、想い出をそっとしまっておくわけじゃない。ずっと飾っておきたいのは分かってる。結翔が生きてたら、取り合いになるな」
「――ならないです。だって、決めているもの」
どっち、とは言えなかった。ただ、野々花がどちらとも上手く付き合えるはずがない。
「決めてる?」
ざり、と霧灯の上履きが野々花に向いた。
「それは」
「霧灯さん、暴走羊を捕まえててくださいね。多分、わたしは……」
――ああ、泣きたくなってきた。霧灯と、結翔。もちろん、選ぶなら結翔だろうけれど、生きていれば、の話だ。霧灯は言った。
「知っている相手なら、心おきなく話せる。それが一番の供養だよ」と。
死した人に、恋は告げられない。たくさんのこんぺいとうのどれが、結翔の心なのかは分かりはしなくて。
でも、霧灯の心が詰まったこんぺいとうならすぐに見つけられる。一番に出て来たこんぺいとうに決まっているからだ。率直に飛び出してくる。
言葉は続かなかった。
もう、霧灯とのじゃれあいもないのだろう。ノートの真実を見せるための恋だったと聞かされて、どこかが凍って、どこか、血が燃えた。
「もうすぐ、夏だな。――落ち着いたら、結翔の場所へ行こう」
それが何を意味するのか、野々花は分かった。ちょうどいいかも知れない。
未来へ歩き出さなければ。
そのためにこの恋は在ったのだから。
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