ミステリアスなデート①

で、ででででででで


「あら、このゲーム好きよ」と母親が声をかけてきて、野々花は手を止めた。画面では「デデデ」とラスボスが野々花を待ち構えている。


(ラスボス……いかにも霧灯さんに似合いそう)


『俺ともデート、してよ。ののちゃん』


 思い出してつま先から脳の中まで沸騰しそうになった。お気に入りのクッションを抱えて、野々花は昼間を振り返る。椎名がけしかけたのだ。


「でも、霧灯さん……まさか誘ってくるなんて」


 実は、デートらしいデートはした覚えがある。でも、あの時はゆいと絡みで、勢いでですね……それもお兄ちゃんのお墓参り(注:生きています)という口実でデートと言うよりは。


「あ、そうだ!!!」


 野々花はぴょこんと立ち上がると、母親に詰め寄った。「な、なに」と何かを察した母親がわずかにたじろぐ。


「ママ、ゆいとお兄ちゃんと繋がってるでしょ」

「え?」

「ママ、ゆいとお兄ちゃんのこと、知ってるってお兄ちゃん言ってたもん。のの、再会して聞いたんだから! アドレス! 電話番号! 教えて」

「あら、そうなの?」と母親は悪びれもせずに、自分のスマートフォンを取り出し始める。

「でも、お兄ちゃんはね」

「生きてて結婚するんでしょ。いいの! それでもお兄ちゃんと話したい。ママばっかりずるいよ。大人なんてそんなもんだよね!」

 一人っ子なので、悪態をつく相手は母親になる。野々花は以前も母親に散々文句を言ってきた。母親は慣れた素振りで野々花のために取り寄せた有機チョコなんかを並べて平然として見せた。

「はい、ご要望のチョコ」

「わあい!……じゃなくて、お兄ちゃんの連絡先!」

「なんで聞いておかないの。のの、いつもママ言っているでしょう。出会いは大切にって」


 わかっている。

 でも、あの時は……泣きそうな霧灯のことが心配で、必要以上の接触はしてはいけないと思った。


「あ」


 すこんと、来た。「俺を見てくれないか」の言葉。


 見ていたつもりだった。

 でも、鋭い霧灯のこと。自分を気遣っていたことに気が付いてしまったのかもしれない。野々花も、覚えがあるじゃないか。腫物に障るように扱わないでって気持ち……


「今度は何。ほら、メモ取りなさいよ。それともメッセージで送る?」

「メッセージで! 部屋に行くから」

「ちょっと、野々花」


 母親の声を振り切るように、野々花は勢いよく階段を上がり、ちょうど出てきた父親を避けるように部屋に飛び込んだ。そっけない母からのメッセージを確認して、ナンバーを押す。


(お兄ちゃん、ゆいくんにデートって言われちゃって)

(あなたのことが、好きだったんだと思う)

(生きててくれてうれしいって言い忘れたから)


 どれもわざとらしい。「おさかな、好きになりました」だからなんだという話。電話の呼び出し音は静かなオルゴール曲なのも、あのおにいちゃんらしい。


 みんな、成長するんだ。逃げたいって手を握った結翔さん。多分、あの時は本当に死のうとしていたんだ。「はやく逃げなきゃ」って野々花にまで闇、振りまいて。


「はい」


 (ぎゃあ!)掛けておいてなんだと、野々花はスマホを握りしめた。


「あ、あの……」

『ののちゃん?』


 ああ、声、変わっていない。野々花は小さく深呼吸した。

「あ、あの……こんばんは。あたし、ゆいくんにデートに誘われちゃって」

『誘ったけど?』

 

 は?


『ののちゃん、なんで結翔の番号知ってるの?』

「あ、ママが知り合いで……」

『ふうん』


 電話、切れる。と思ったら「貸せ!」と声がして、スマホが一時途切れた感覚がした。


『あの、どういう……』

「同じような相談を受けていたんだよ。君らは周波数が同じようだ。こんばんは、ののちゃん。とうとうお母さん、僕の連絡先を渡してくれたんだね」


 うお座の野々花、脳が流れてしまってついていけない。


 電話の向こうに、まさか二人がそろっているなんで、きっとおてんとうさまでもわからないだろう。


「えと、説明をするとね。僕の可愛い従弟が、学校で彼女に無理やりデートしようって押し切ったらしいんだ。でも、その子はまだ自分を見てくれないんだっててんこもりの愚痴が土産」


 くっくと笑いながら聞く話は、頬から不死鳥があはははと飛んでいきそうなくらい、恥ずかしかった。


「いつもいつもご迷惑をおかけして、恥ずかしいことです……」

『で、きみの用事は?』


 ほんと、なんで話そうとしたんだろう……。電話の横では霧灯が聞いていると思うと、脳裏のすべてが吹っ飛びそうだった。


 ……わたしは、おにいちゃんが好き、だった……。


 言っていいものか。野々花は目をつぶって、一言「すきです」と呟いた。


 電話の向こうは無言だった。


「ののちゃん」


 声がした。


「……俺は嘘が大嫌いだから言うけど、兄貴、コーヒー淹れに行ったけど?」


 !!!!!!!!!!


「わ、わたしも嘘は嫌い。このへんがもやもやするの」

『……伝えておこうか?イントネーション似せて。そうか……まだ、あっちが忘れられないのか』

 それが正直な気持ちだ。野々花は「ごめんなさい」と相槌変わりに小さく呟く。


 どうしても、吹っ切れないのは何故だろう。


「あのね、先輩といると、楽しいし、でも、胸が緊張するのもあって。勢いがいいから、わたし、いつも、困らせられてて」

『兄貴は死ぬ死なないでもっと困らせてると思うけど? 読んだだろ、デスなノート』

(ああ、いらいらしてる、だろうな)と思いながらも、野々花は唇をかみしめた。

 それでも、自分をわかってほしい。嫌いじゃないけど、苦手意識はまだある。


「デートなんだけど」


 まだ二人で出かけるなんて……


「覚悟しておいたほうがいいかもね。僕のこと、調べておくことをおすすめする」


 電話、切れました。


「か、覚悟?!!!!!デートに覚悟?!!!聞いたことないです!」

 

 もしかして、怒らせた?

 野々花は慌てて電話帳を開いた。と、ともかく調べなきゃと思ったのだ。そして魚脳の野々花が思いつくのは、椎名だった。


『はぁ?霧灯のことを教えろですって?!それ聞いてどうするのよ。デートで聞けば?は?!覚悟しろって言われた?! 知らないわよ、ああ、へそのところにこたつで火傷した傷があるわよ。そういうことじゃない?』


 おへそのよこに、傷……っと。

 な、何か知っておかないと。サンドイッチはハムサンドが好き。それだけでは申し訳なさすぎる。

 デートで、覚悟しろっていうくらいだ。リサーチしておかないと、会話が続かない。まして、野々花は距離感を図るのが下手と来ている。


 その後、「あんた、何時までつき合わせる気?!」と椎名の怒号を浴びながら、霧灯のかけらを集めて夜を過ごす野々花なのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星空と蒼空とこんぺいとうときみとの未来― 天秤アリエス @Drimica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画