*第二章ー4❇︎傾いた土星からの答
*3*
放課後の校内は人気が減って少し寂しい。おたまじゃくしの登場で、気分は一瞬晴れたものの、野々花は口数を減らしてしまった。
目の前にはこんぺいとうが舞い散る幻影が浮かぶ気がするし、空っぽの瓶は衝撃すぎて言葉がどんどん消えていく。霧灯も何も言わず歩いていた。
「ののちゃん」
ふと霧灯の手が奇妙に後ろを歩く野々花に向いた。繋ごうよ?と優しい波動が野々花を待っている。
「ふえ.....」
涙とはサヨナラしたはずだ。「手術成功よのの!」と母が大泣きして一緒に泣いて、もう二度と野々花のことで泣かせないと泣いた。
でもこんぺいとうが無くなっちゃった。
頑張ろうって言葉も吹き飛んでしまった気分だ。
「手よりシャツのほうがいいか」シャツを飛び出させたまま霧灯は呟き、シャツの端を掴む野々花をくっつけるようにして部室前に辿り着く。
「まただよ。椎名だな」
手書きの「てんもんぶ」のところに下がっている土星はまた変に傾いていた。「カッシーニの軌道修正」と霧灯はぼやき、真っ直ぐに直して、ロッカーからタオルを出してきて、差し出した。
「お願いできる? ののちゃん」
「副部長~……頭くらい自分でやったらどうっすか?」とはいつもの2人のヤジ。
「ほら、僕風邪引いてしまうからさ」
野々花は受け取ると、タオルを受け取って、霧灯に歩み寄る。
「椎名とは幼馴染だから。すまない」
こんなことで椎名を許せないが、無灯の優しさを無碍にもできない。
「失礼します」
「わしゃわしゃやっていいよ」
――わ、柔らかい。男の子なのに。しかも、霧灯はシャツを脱いでいて、首元に小さな星のネックレスがチラチラ。和んでしまった。
「本当に、好きなんですね。星」
「んー、貰い物だよ。可愛すぎるかな。一応星座、アリエスなんだ」
ーー僕は牡羊座なんだ。春の夜空は寂しいね。
心に甦った声音に、野々花は微笑んでいた。こんぺいとうは無くなっちゃった。でも全てを失ったわけじゃない。
「いえ、控えめでちょうどいい気がします」
屈んだ霧灯の頭をわしゃわしゃやっていると、気分も落ち着いてきた。
「落ち着いた?」
「はい」
泣き笑いに少し熱い鼻先を擦って、深呼吸する頃には、霧灯は運動着に袖を通していた。
「なんだろう、駄菓子?」声に見ると机の上にはラムネ、ドロップキャンディ、それにニンジン色の麩菓子の詰め合わせに、花のカタチのソフトキャンディ。近くのショップのレジの近くに山になっていそうな駄菓子ばかりが並べてある。
「それ、椎名部長が置いてったんすよ」
「俺らは喰っちゃだめってさ。黙ってろって言われただろ、おまえ。特に副部長には言うなって」
「あ、バカ」
霧灯は無言で駄菓子を見ると、ちらっと奥の部屋に目を光らせた。
野々花も気が付いて、奥の部屋から膨らんで見えるカーテンに視線を注ぐ。
「椎名」名前に、ふわっとカーテンが動いたが、またもこっと静かになった。
「ああいうやつなんだ。悪いやつじゃない」
しーんとなった部屋で、霧灯は吐息を置き、カバンを手にする。
「風邪ひきそうだから、ぼくは帰るよ。ほら、おまえらも。養生テープ代出してくれよ」
「え? あの」
「じゃあね、ののちゃん」
「え、あの……あの……」
三人は出て行ってしまい、部屋がしんとなった。気まずい。じっとしていたが、カーテンもまたじっと動かない。野々花が帰れば出て来るだろうか。
「椎名さん」
カーテンは無言。しーんと動かないカーテンに近寄った。小さくぐすんとしたしゃくり音。もこもこと動くカーテンの前で、野々花は足を止めた。
「悪かったわよぉ……」小さな声を確認して、駄菓子を手にする。こんぺいとうはなかった。成分を確認して、大丈夫そうな小袋を開けてみる。
「まさか、飛び込むなんて……あんな濁った池に……最低って言った。ショック……」
とは、霧灯のことらしい。野々花は椅子を引き寄せて、駄菓子を開けた。ぽりぽりぽりぽり……齧っているうちに、「あんたねえ」と唸るような声。
「そこ 寒いですよ」
野々花は椅子に座ったまま、もこもこのカーテンに問いかける。しかしカーテンは開かず。野々花は鞄を持ち上げて、ドアを開けた。本当は帰るつもりだったが、傾いている土星に気が付く。
椎名は事あるごとに土星の作り物をちゃんと傾かせている。土星はもともと傾いていて、その意志を恰も尊重するように。
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