*第四章ー2*高級菓子と憤り
しかし、放課後。
「来ないじゃない。あなた、なんでクラスから連れてこないのよ」
天文部に客人の気配はなかった。椎名砂葉が不機嫌になってきて、雰囲気が怪しい方向に向き始めた。
誘うつもりが、女の子は別の女子と話し込んでいて、声が掛けづらかった。
「そんなはずないよ。ありがとって言ったもの。それに、同じクラスなのに、気まずくなるようなこと、しないよ」
「どうだか。人は裏切りが得意よ」
椎名は「そんなものよ」と背中を向けてしまい、待っていた霧灯たちも作業を始めた。 野々花は椅子に座って待っていたが、女の子どころか、人が訪れる気配はない。
手作りのネームと、土星を見て、くすくす、の声はよく聞こえるが。
「あたし、クラス見て来る」
「僕も行こうか」
――えっ……来なくていいです。
SOSは椎名に届いた。
「霧灯、無駄な色勧誘すると、またわたしが退部させるから。さあ、あんたたちは作業よ」
悪の女王のような口ぶりに、鈴木と佐々木が「ううーっす」と立ち上がる。
「色勧誘だって、今日も女王様はお元気だ、ののちゃん?」
野々花はさっと飛びのくようにして霧灯と距離を取って、後ろに下がった。
脳裏に声が甦る。
多分、僕はきみが好きなんだ。
ぽかんと口を開けて、野々花はすぐに前髪を掴んで俯いた。パニックしている自分をどう落ち着かせたら良いものか。
「ののちゃん」霧灯の呆れたような、参ったというような声音。
「いつも通りにしていてほしいな。それとも、僕に勘違いさせたかったりして」
「か、勘違いぃ?……と、ともかく」何かないかと野々花は廻りを見回す。片付け忘れたモップ。流石に手には取れない。
霧灯は、にやっと笑って続ける。
「きみは女の子そのもので、単純で、素直だけど、ガードが堅い。だから可愛くて好きなんだよなぁ……あ、これは勘違いなんかじゃないから。行こう」
「……はい」
先輩であり男の子の霧灯のペースは、ジェットコースターだ。まして、野々花は一人っ子。異性といえばパパしかいない。
どうしても、あの二人きりの色々を意識してしまい、脳裏で休んでいたはずの結翔を引っ張り出して、緊張してしまう。
聞きたいことがたくさんなのに、なぜか聞けない。
すっすと歩くスライドの大きい霧灯に、出来る限り速足でついていった。
西から東への渡り廊下ではもう桜も終わって、青葉が風にそよいでいた。
「こんぺいとう」野々花のキーワードが降って来て、野々花ははっと霧灯を見上げた。霧灯は「なんだけど」と話を続けようとしてくる。
「案外、売ってないんだな。駄菓子でもないし、和菓子? 僕は昔駄菓子やの祖母に預けられたことがある。でも、そこには置いてなかった気がするよ。代わりにこれ」
出て来たのは、まあるい瓶に入ったマシュマロの詰め合わせ。それも少し高そうだ。
「お小遣いが入ったから。バイト出来ればいいんだけど、さすがにな」
椎名からはドロップキャンディ、霧灯からはマシュマロ。しかし、野々花はマシュマロは……。
(そうか、それは知らないのかな)
「わたし、卵白アレルギーで……マシュマロは受け取れなくって」
「知っているよ。卵白とは知らないけど、最初に僕、厚焼き玉子サンド食べたでしょ。あれは大丈夫だからじゃなくて?」
「ママが彩りにって入れてるの。お友達にあげてねって。もう治ったかもですが……昔は大豆と、卵白が苦手で、マヨネーズも、バターも特別なものを使ってる。ぶつぶつが出ちゃうから」
「やっちゃったな。別のもの……そうか、クッキーも?」
「はい……お菓子は特に……」
「そっか。きみへの女の子プレゼントは考えたほうが良さそうだな」
霧灯は困ったように腕を曲げて、肩をもむ。多分、癖なのだろう。自分の首や肩をこきこきやる姿を目にしていた。
「一番はあのこんぺいとうなんだけど、どこに売っているんだろう。椎名が可愛げないもの詰めるから気になって」
「飾ってます。でも、霧灯さん、わたしは、あのこんぺいとうがいいというわけじゃなくて……」
星空こんぺいとうは、結翔との大切な想い出の象徴だ。それを霧灯に貰うとなると、それはそれで困る気がする。
「しっ」
霧灯はクラスの近くで、野々花に静かにの合図をした。
「きみとうちのことを話しているみたいだ。あの子」
遠目から見える3人女子はおしゃべりに夢中だった。
――あれ? キョーコ、天文部に入るんじゃなかったの? 王子様がとか。
――うん、霧灯優衣も美味しかったんだけど、もうすぐつぶれるって聞いて。内申いいほうに決める。もめごとあったっぽいし。
――せっかく王子様の近くにいけるのに。霧灯先輩、フリーでしょ。甘そうだよね。
――すぐ飽きたりして。キャハハ。高級なお菓子ってそうじゃん。
「…………」
霧灯の顔が翳った。野々花は「あの」と空気のまずさに、おずおずと声をかける。怒りの横顔に、息を呑んだ。
最初から、来るつもりもなかったのだろう。ひどい。ひどすぎる。冷やかしだ。
――と、霧灯がクラスのドアを開けた。
「僕は、きみたちのお菓子のようだけど、口には合わないよ」
「ちょ……! あ、あの、ごめんなさい! 誘ったりして」
女子たちは唖然とし、野々花はくやしさの中、頭を下げた。
「須王、低能にいちいち謝るな!」
初めての霧灯の声高な声に、野々花は霧灯を見上げる。
「て、低能って! わたしたちのことですか!」
「他に誰がいるというんだ。須王、おまえが謝るなと言ってるんだよ!」
(ひいっ)
口調をガラリと変えた霧灯は吐き捨てた。
「外見しか見ない低能な女に、へりくだることなんか憶えなくていいんだ。本当に尊敬する相手が見えなくなるからな。行こう、須王」
「あ、あの、言い過ぎ……お、お疲れ様っ……」
「うん……ごめんねぇ」
悪く思っていない言葉。椎名とは違う。椎名は本当に反省して、進もうとしている。
彼女たちは進めないのだろうか。
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