Epilogue-4 奇跡を求めて
「野々花、お風呂はいっちゃいなさいよ、ママ、心配したわよ」
「うん、ごめんなさい」
「結翔くんが連絡してきてくれたけど、お出かけは八時まで」
帰ってくるなり、門の前でうろうろしている母親を見つけた。優衣は初めて自己紹介をして、「あらあ、似てるわねえ、タイムトラベラー?」と親子の証明を聞いて、笑って帰って行った。
「はい。あ、ママ、ありがとね!」
「変な子ねえ。はいはい、どういたしまして」
階段を下りていく母親にありがとうを言って、野々花は預かったノートを机に置いた。隣に椎名が詰めた薄荷の瓶も。ボロボロの星座盤も。
「想い出は、まだあるもん、増えていくし」
以下は、優衣との回想である
****************
「でも、これだけは言わせて」
目元キスの後、霧灯は、言いにくそうに目線を逸らし、また、野々花に戻した。
「きみの想い出を護りたくて、でも、確かめたくて、あんな言い方をしたのは反省している。それほど、取られたくないのねって椎名に言われて自覚したんだ。僕の心は奇跡を否定するからね」
霧灯はつづけた。
「でも、恋は奇跡の果てにあるんだって思う。そうしたら、きみの喜ぶことをしたくなる。現実派の僕は、参った。どうしても結翔ときみを逢わせたくないと始めたことなのに。最低だって笑っていい。でも、僕は」
野々花は頷いた。もう、会話を聞くまでもない。きっかけなだけだった。生きるきっかけ、がんばるきっかけ、人の所縁はそういうものを繋ぐためにあるのかも知れない。
「ひたむきな霧灯さん、嫌いじゃないです」
ただ、懸念はないわけではない。
「今度は、重ねないで、ちゃんとゆいくんを見ていくから」
結局、過去を振り切るも、逃げるも出来ないのだと、結翔は知ったのかも知れない。そして、逃げずに歩く霧灯優衣を、わたしは大好きになった。
「……ののちゃん……」
(うわ、下向いた!)焦ったがもう遅い。野々花は初めて正面から、腕に引き込まれた。いつもどこか、遠慮がちに背中から伝わった熱も、ダイレクトに胸が近づいて、同じような鼓動なのだと分かる。
「……キスして、いい?」
…………。
「いちいち、聞かないでいいです……もう、断る理由もない……し」
しかし、キスはやってこなかった。霧灯優衣は、ごつん、と額をぶつけて、しゃがみこんでしまったからだ。
まだまだ、心の整理はたくさん必要で。手を取っていくが精いっぱい。
そのうち、こんぺいとうよりも、霧灯の想いがいっぱいになる日ももうすぐ。それまでの日々は、恋のために。
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「ほら、増えてるじゃん……」
野々花の顔が鏡に映った。茹蛸かと思うほど、真っ赤なことに気が付いて、バスタオルを片手に慌ててお風呂に向かう。
明日は、もう一度、あの女の子たちと話をしてみようか。
星が好きか、嫌いかだけでも。
今なら、話せる気がする。わたしももう少し、霧灯優衣のように人を信じて、生きてみたい。
増えた部員を采配する野々花と、霧灯の活躍は、またいずれの未来である。
「明日も、晴れた空が見たいな」
青空も、星空も似合う。だから、どこでもきっと、目を輝かせて。
これで、全ての想い出が塗り替えられた。
ロマンチストな結翔から、リアリストな優衣へ。ののの周辺はブルーモーメントさながらにゆっくりと色を変えていくのだった――。
[了]
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