*第三章ー6❇︎春の夜空とふたつの想い

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「綺麗に出来ているから、ここに色を重ねたら、天の河にならないかな。ママ、春の星座にかかっている雲、あったよね」


「――わたしに聞かないでくださいな。のの、どうしたの?」


「ののの廻りだけ、寂しい」


 野々花は本来の星座のある部分を指で辿り、伏せたスプーンまで導いた。


「見た時思ったの。ののの星座の周りだけ、暗いの。だから、……」


 父親が「うーん」と唸った。


「春の夜空は確かに明るい星が少ないからね。なんとなく寂しい雰囲気が纏わりついているのは、パパも知っているよ。 でも、春の夜空が天の河に一番繋がっているのは知っている? のの」


 ――星にはいっぱいの想いが込められていて、それが星空のこんぺいとうなんだよ。


「暗いのは、みんなで外側方向を向いているからなんだ。だから、こっち側からではなく向こう側からみたら、一番明るいはずなんだよ」


「まあ、それではわたしたちは銀河をぐるっと逆に行かなきゃならないわね」


「そういう考えもあるんだ、のの。世界は相克で出来ているからね。きみは、恋はしていないからわからないだろうけど、ママの良いところもあれば、悪いところもある。きみのように乗り越えて来た人ばかりじゃない。目の前の輝きだけが、全てじゃないぞ」


 霧灯と同じ言葉だ。


 野々花はじいっと駄目になったアクリルシートを眺めてみた。重ねているから分かりにくい。リビングの床に広げてみると、ちょうど跳ねたホワイトアクリルは天の河のように春の大曲線を横切っている。今までは重ねることばかりを考えていたが、並べてみる……?


 野々花にひらめきが降りて来た。


「ありがとう、パパ! ママ! おやすみ!」


 ――夜空がたくさんの想いで彩られているなら、それを表現すればいい。椎名がもってきたプロジェクターには、色々なライトがあった。


(おにいちゃん、その通りだよ。夜空は、のののこんぺいとうと同じだ)



「なあんだ、部活で悩んでいたのね。元気みたい。杞憂だったわ、パパ」


 そんな言葉にほっとしながら、野々花はアクリルを丁寧にまとめて、カバンの横に置いた。


 そうして静かになって、ほっとして持ってきたココアを一口。忘れ去られていたある言葉がひょっこりとやってきた。



 ――僕は多分、きみが好きなんだ。




 野々花が好き……思い出して、誰もいないのに、目を大きくしたりする。


「え?」野々花は頬を押さえた。


「心に命令は出来ない」


霧灯の言葉はいちいち心に響いて来た。


 あまりにもまっすぐだ。ぷい、と逃げようとする野々花とは大違い。

 まっすぐ過ぎて、突き抜けて走ってどこかに飛んでいきそうに力強い。


「……あたし、返答、してないよね……」


 ちょっと待って?

 霧灯さんのことは、椎名さんが好きで……。


 ごちゃごちゃしてきたはずみで、自分の髪もモサモサにしてしまった。



 ――知っていたんだ。椎名のこと。



(知ってて? わたしに好きってどういうことですかーっ)



 ――好きなの! どうしようもないのよ、女子ならわかるでしょ!



 野々花は好き勝手向いた毛先のまま、ふらふらと机にしがみ付き、こんぺいとう……は切らしたのだった。混乱すると、こんぺいとうを食べていた。見ると、「特売」のシールつきで、こんぺいとうの透明袋が置いてあった。


 瓶の中のドロップキャンディは、池ポチャした直後詰められて、食べられたものじゃない。


「あの、こんぺいとうが食べたいの」


 少し大きめで、いびつ。でも、それがたくさん詰まった美しい「星空こんぺいとう」が恋しくなった。


「こんぺいとう、無くなったのに、逢えないよ」


 ののちゃん、星はぐるぐる回って行くんだ。きみと僕もどこかで会えるかもしれないね。


 でも、逢えたのは、霧灯優衣だった。


 もし生きていたなら、野々花はどうするつもりなのだろう。


こんぺいとうの瓶に、こんぺいとうを貰いに行くだけだろうか。


 それよりも。

 もっと深い何かがある気がする。

 もうこの世界に、逃げたがった結翔はいないのかも知れない。そんなのはいやだ。



 ――この世界から逃げなきゃ。


 ――僕は世界から逃げるような臆病者ではないよ―― 


対照的なふたりの言葉が交互に響く中、夜はゆっくりと過ぎゆくのだった。



 第三章 了ーーー

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