ブルーモーメントの中で③

 ――五時。


 太陽が斜めに傾いて、すっかりお店は閉店モードで、休日出勤の帰宅する人たちの波になっている、そんな時間。

 

 野々花は駅に駆け込んだ。幸いホームには人はたくさんいて、野々花の涙は見えていないだろう。そんなことが救いだなんて、泣きたくなる。

 それに、野々花は電磁波が良くないと、母にスマートフォンを持たせて貰っていない。友人とのメッセージも出来ない代わりに、約束だけは守って来た。

 その、自分が約束を破って、霧灯を信じられなかった。


「わたし、変わってないじゃん……」


 手術が嫌だと駄々をこね、回りを悲しませた。こんぺいとうが無くなったからと、椎名に八つ当たりして、いい子を貫いた。

 でも、それは違った。


 野々花はもっと、怒って、訴えるべきだった。霧灯は「もっと君はわがままになったほうがいい」と笑っていたのに。


 我儘って、なに?

 ――自分に正直に生きること。僕のように、ね……。


(また、聞こえた)


「こっちの出口じゃないのかも」


 水族館と言えば、この町には有名な国立大学の水族館がある。思い出して、野々花は進路を変えた。新設された南口だったはずだ。

 駅は拡張拡張で入り組んでいるうえ、野々花はどうやら波に逆らっているらしく、反対側の改札に回るに、時間がかかった。


「また、暗くなった」


 外から射しこむ夕日は少しずつ翳りを帯びている。野々花の心が反映しているように。雨なんか降らないでよ、と願いながら、改札前までたどり着いた。ところで、野々花は座り込んでしまった。

 夕陽がきつい光を浴びせている。健康体でも、まだ応える時がある。それに、お腹が空いたからとそこのクレープを買うわけにも行かない。

 

「……携帯も、持てないし、お菓子も買えないなんて」


 でも、不思議と嫌な気分にはならなかった。霧灯には逢える、きっと逢える。そんな確信のない確信があったから――。

 

 

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