*Prologueー3*色とりどりの星の涙
***
結翔は色々なお菓子に、こんぺいとうを忍ばせて持ってくるようになった。
『これは、大きなお星さまからのプリン』『黄色のお星さまからのチョコレート』
『蒼いお星さまが隠れたいたずらアイス』『翠のお星さまが集まったにぎやかなゼリー』
……曜日と星座の不思議な繋がり。結翔は色々な天文知識を教えてくれた。
曜日にはそれぞれ神話があって、神さまがいるとか、宇宙の星々に擬えているとか。
お医者さんに診てもらって、口にしてみる。チョコレートだと思っていたものは、安全な小麦粉にココアを振ったもので、バターを使っていない。野々花はどれが食べられるものか、食べられないかを一緒に学びながら、毎日結翔の運ぶ小さなデザートにフォークを鳴らした。
自分ができること
自分ができないこと
自分がやるべきこと
自分がやらなくていいこと
そういう思いを勉強した気がする。
結翔とは、夜空も一緒に見上げることが多くなった。
季節で星はぐるぐるめぐること。遠くの空で、お星さまがこっちをみていること。生まれた月の星座はお守りであること。
『お兄ちゃん ののの星座は?』
『ののちゃんの星座はーーーだよ』
きいて、がっかりした。それは、野々花が死ぬほど嫌いなものだったからだ。
『やだー! ののも、結翔と同じ羊さんがいい!』
ゆいとと一緒がいい。何度も言葉を繰り返す。この気持ちはなんだろう?
****
どんなに遅くても、結翔は「みんなのいえ」にやって来た。お菓子と、お星さまの絵本や、地球儀。「みんなのいえ」の図書館のお星さまの図鑑、そんなものもお土産になって、検査をするようになったおかげで、食べられるものも分かって来た。卵アレルギーと思われていたが、卵白だけであったり、大豆全般だったり。ご飯は大丈夫なものと、ダメなものがあり、マヨネーズや添加物は控えたほうがいいらしい。
しばらくして、ぶつぶつも熱もなく、頬がようやくふっくらとしてきた時に母親がふわりと笑った。
『のの、良かったわね。ふっくらしてきた』
母親も父親も笑顔が増えて、野々花の気持ちも落ち着いて行く。
結翔はいつも持っているボロボロの星座盤で天体や星座を教えてくれた。
『これは星座盤。昔の雑誌の付録だけどね、読んでいた小説が星座に関するミステリーだったんだ。でも、もう終わったから、君にあげるよ』
破れそうに弱い星座盤。くるりと回すと星座が変わる。
『時間と月を合わせると、見える星座が出て来るんだけど、ちょっと薄くて見えないね。きみの星座は何ですか、ののちゃん』
『……ぎょうざ』
――正直、自分の星座のどうぶつが嫌いなので、それは話題にしたくない。野々花が応えない代わりに結翔は星座盤をひっくり返して、右端の星座に〇をつけた。
『僕は、4月だから、最初の牡羊座だ。夏は全く見えなくなるね。そして春は星が少ない。だから、こういうお菓子が恋しくなるよ』
結翔はこんぺいとうを手に零すと、ばくんと口元に押し込んで見せた。
でも野々花はあまり食べられなさそうだ。
『これ、あげるから、検査頑張れ、ののちゃん。僕も頑張るから』
『いやだってば。結翔まで、ののをいじめる』
言葉が消えた。代わりに野々花は高校生の結翔の腕に包まれている。
優しい波動と鼓動に涙がこぼれ落ちた。
『頑張ろう。僕も頑張るから』
なぜ、野々花を抱きしめて泣くの? 肩に冷たい何かを感じながら、野々花は小さくて大きな震えを不思議に思う。
(いやだ)(イヤダ)そんな気持ちも、もう口には出せなくて。
『随分体力がつきましたからね。今のうちに……』
『はい、お願いします』繋いだ母親の手が小さく震えていたのを忘れられない。瓶のお星さまも、いっぱい揃って野々花を応援しているように見える。
『うん、がんばるから、もっとお空のお話、して』
『のの……あなた』
野々花はしゃくりあげた。
『だって、ゆいと泣いちゃうから。ママもパパも、泣いちゃうから、それがいやなの。結翔がお空の話をしてくれると、のの、楽しいの。だからきっと大丈夫』
唇を震わせて結翔は野々花の小さな手を掴んで、涙を零した。それはとても月のように静かに静かに、小さな手の甲をミルク色に染めて零れ落ちる。
『うん、分かった。いっぱいしてあげる。だから、頑張ろう?』
手術のための入院前日、野々花と結翔は、一緒に屋上に登った。母親は明日の支度におおわらわで、父親と面会を果たした結翔は、野々花の手を繋いで、ゆっくりと屋上にやって来たのだった。
「わあっ……」
「夏の大三角形、それから春の大曲線、……と、この時期の夜空はお祭りだよ」
野々花が手を伸ばす。届かないけれど、届く。――と、ふわっと足が空中に浮いた。
「しっかり捕まってて」
肩車の分、空に近い。
空を見上げて説明を聞いていると、何でもできる気さえした。
お星さまが見ていてくれるなら。たくさんの想いが、瓶につめられているなら、きっと大丈夫。結翔の言葉は、心に溶けて、夜空に還るようだった。
「色とりどりのこんぺいとうには、いろいろな人の想いが込められているんだ。ののちゃん、僕は遠いところへ行くけれど、頑張るんだよ」
「ん。のの、がんばる!」
検査室には星座盤と、こんぺいとうの小瓶を抱えて入った。結果はやはり手術をすることになった。そこでまた不安にさいなまれるも、野々花は手術を受け入れた。
結果は良好。また、ひとつ野々花の壁が無くなった。しかし、結翔には二度と会えなくて――。
「あの子なら……」母親は野々花には聞かせず、やがて「みんなのいえ」も無事に引き上げることになった。
結翔には、2度と会えないのかも知れない。最後の言葉を思い出す。
「色とりどりのこんぺいとうには、いろいろな人の想いが込められているんだ」
がんばれと星空の下で渡してもらった星座盤はぼろぼろ、こんぺいとうはもうすぐ空になる。ゆいとは最後に告げた。
「こんぺいとうが無くなる頃に、また会えるよ」
まるで時に溶け込むような言葉だったように思う。
――数年後。
「さて、天文部はどこかなぁ、今日こそ探すぞ」
パンフレットに大切に挟まれた、ボロボロの星座盤と溶けかけたこんぺいとうの小瓶をしっかり抱えて。
須王野々花、水鳥(みどり)高校ぴかぴかの一年生。母親はパート務め、父は会社出勤。マイホームはこじんまり。須王野々花の名前の通り、平凡で、今は、超健康の天文好き。星座は言いたくありません。
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