13-3

「古参の奴ら、というかアイツの同期より上の世代は、皆この事を知ってる。ディアナに浮いた噂一つないのを不思議に思ったことはなかったか?あの頃のディアナが、誰も忘れられんのよ。だから、安易に声を掛けることが出来ない。そういう意味では、めげずに声かけてるデニスは、ああ見えて相当に根性座ってるよ。覚悟が出来てる」


 私は何もかもを見誤っていたことに、ようやく気付いた。私が今まで見ていたのは、膨大な過去の記憶の上に上塗りされた、表面的な『現在』に過ぎなかったのだ。


「……お前、これから先『ずっと』アイツのパートナーを続けていく気はあるか?それとも、これは一時的な関係でしかないと、割り切って考えているか?」


 私は彼の質問に、即答することが出来なかった。即答するには、あまりにも自分が彼女のパートナーとして果たすべき責を、何一つ遂げられていないことに気付いてしまったから。




「そもそも、この関係は限定的なものだと聞かされていましたので、現時点では何ともお答え出来かねます……AICOの職員であっても、そのような措置が可能なのですか?」

「まあ、滅多にない特例だがな。ただ、俺は前々からアイツは固定のパートナーを持った方が上手くいくと踏んでた。荒療治も兼ねて、恋愛型AIばっかり担当に回したりな。実際、お前の前任のアレクも恋愛型AIだったし、お前も表向きにはそういうことになってた。人との関係で付いた傷は、人との関係の中でしか癒せん」


 長々と重い息を吐き出した局長は、私に一つの小さなデータを投げて寄越した。中身はへルヴスト地区の拡張整理計画についての概略のようだった。


「……俺は、俺の勘を信じる。これをディアナに渡しておけ。ただし『これは依頼でも任務でもない』とも言っておけ……もし、お前に少しでもアイツのパートナーを続ける気があるなら、アイツの全てを受け止めて、自分の全てをさらけ出す覚悟を決めろ」


 何が何やら分からないが、私には頷く以外なかった。それを確認したリンネ局長が、値踏みするような、挑むような視線を私に向けた。それは私の良く知る、知っていたはずの、緊張感を呼び起こさせる視線だった。微温湯ぬるまゆでぐずぐずに溶けていた頭に、冷水を浴びせかけられたような気がした。


「俺がお前に言いたいのは、それだけだ。退がれ」

「……失礼致します」




 私は辛うじて呟いて、局長室を後にした。元のようにメインの意識に統合し、初めて比喩ではなく人心地ついた気がした。AIは緊張などしないと思っていたが、撤回しようと思う。あの銃の照準を、ひたと合わせられた時のような緊張感。彼はきっと、戦前の人間に違いなかった。


 ディアナの隣を歩いていた『こちら側』の私は、ちょうど彼女と夕食の話で盛り上がっていたところのようだった。その話が一段落つく頃を見計らい、ふと今気付いたかのような表情を作る。


「ディアナ。局長から、何か資料が届いています。それから『これは依頼でも任務でもない』という伝言も」

「リンネ局長が?あの人、相変わらず勿体もったいぶったことするのが好きなんだから。見せてくれる?」

「ええ」




 私がいつものように、資料を彼女の仮想スクリーン上に展開させ、彼女がその内容を把握した瞬間だった。


 ディアナの顔から、一瞬にして表情が抜け落ちた。


 その瞬間に、ようやく自覚した。


 私に『覚悟』なんて、これっぽっちも出来ていなかったのだと。




 彼女の表情からは、どんな感情も読み取ることが出来なかった。あまりにも渦巻く感情が大きすぎて、表情に反映するシステムがエラーを起こしたかのような、そんな印象を受けた。彼女にとって、この素っ気ない『地上』拡張計画が、いつもと比べれば大掛かりであるということ以外にどんな意味を持っているのか、彼女の過去を知らない私には検討もつかない。


 それでも、私は彼女に何も問うことが出来なかった。それを彼女が、マスターが望まなかったから。望んでいないことが、分かってしまったから。私の声は、文字通り喉奥に張り付いて霧散した。私は、こんな時にまでAIとしての在り方に縛られているのかと、大切な人が苦しんでいる時に一言すらかけられないなんて、何がパートナーだ。


 ただ、私には黙って存在を押し殺して歩き続けることしか出来なかった。やり場のない怒りと、虚しさと、やるせなさだけが後味も悪くまとわりついていた。


 それでも私は、植え付けられたプログラムの命令に逆らうことで、例え自分が壊れたとしても、この時ディアナに問いただすべきだったのだ。例え彼女を傷付けてでも、独りにするべきではなかった。そういった意味で、私は正真正銘パートナーとして失格であった。




 その夜、ディアナは私の前から消えた。




 *




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