16-2


『どうして……どうしてっ!』


 引き攣れるような心臓の痛みを、全身から絞り出される絶叫の感覚を、苦くみる涙の味を、昨日のことのように覚えている。街に辿り着くと、リンネ局長が手配してくれた救助隊の人たちがちょうど出発しようとしているところだった。


『お願いです!とうさんを、ルイスを助けてくださいっ』


 けれど結局、私は間に合わなかった。帰ってきたのは、義父の亡骸だけだった。

 何も、残らなかった。実感の伴わないままに葬儀が終わって、ふと気付くと、本当に私は独りきりになっていた。誰も私を責めなかった。ルイスが死んだのはお前の所為せいだと、誰も言わなかった。代わりに同情の視線と優しさだけが私に与えられた。それが、何よりつらかった。皆がつらく当たらない理由は分かっていた。私が彼の娘だったからだ。


 それでも、自分が一番良く分かっていた。義父は、死ぬ必要なんてこれっぽっちも無かった。全ては私が勝手に空回りをして、自棄やけになって、その所為で義父は死んだのだ。いいや、違う。




「私が殺したの」


 エレジーは私の言葉を否定することなく、ただ静かに聞いてくれた。彼という聞き手を得て、私は今まで懺悔を何より必要としていたのだと気付いた。誰かに罪を告白して、許しを乞うことは罪の上塗りにしかならないと思い込んでいた。人には、自分の罪や過ちと向き合って生きていかなきゃならないなんて高説を垂れながら、自分はこれっぽっちも向き合えていなかった。


「義父の葬儀が終わった後、義父から端末に通信が入ってたことに気付いたの。数分のメッセージが入ってることになってたけど、中身はからだった。そう、フリューリンクの街のビアンカさんと同じなの。きっと、義父からの最後のメッセージだったんだと思う。義父は発見された時、端末を持ってなかった。だからこの場所にあるんだって、分かってた。例え、メッセージが残ってなかったとしても、私が探しに来なくちゃいけないって」


 私はそこまで一気に言い切って、小さく息を吐いた。


「でも、どうしても行けなかった。何度も取りに来ようとしたの、でもその度に『外』へと続くゲートの前で足が動かなくなって、息が出来なくなって。あの資料、ヘルヴストの拡張計画で、あのシェルターもその範囲に入ってて、これが最後の機会だと思ったの。そうしたら、今まで一歩も動けなかったのが嘘みたいに走り出してた……結局、リンネ局長に背中を押されるまで、何も出来なかった。きっと『外』に対するトラウマなんだと思ってたわ。でも、違ったの。義父さんの、最後の言葉を聞くのが怖かったのよ。優しい人だった。私を責めるようなことを言う人じゃないって、分かってる……それでも、怖かったの」

「大丈夫」


 そっと銀色の手が私の手を取って、エレジーは柔らかい声で続けた。




「貴女が教えてくれたのです。愛には色々な形がある、と……その方は、貴女と形は違ったのかもしれませんが、きっと貴女を愛していましたよ」


 取られた手が、かすかに持ち上げられて、私は釣られるように立ち上がっていた。


「ちょうど、嵐もんだようです。行きましょう。帰ったら、熱い紅茶を淹れて、ゆっくり心と身体を休めて……それから、貴女のお義父上が遺したメッセージを聞きましょう。きっと、貴女は泣くのでしょうから、泣き疲れたらそのまま眠ってしまえば良い。涙は拭って差し上げられませんが、私はいつでも、いつまでも傍にいますよ」

「……貴方って、王子様みたいね」


 エレジーは私の言葉に面食らったように固まったが、くすりと笑って告げた。


「それは光栄ですね。マイ・プリンセス」


 本当に、貴方は王子様みたいだ。きっと誰もが少女の頃に夢見て憧れた、ピンチの時に颯爽と現れて、絶望の底から救ってくれる王子様。そんな、存在するはずのない理想そのものだ。でも、そんな完璧なだけじゃない、脆さも秘めていることを私は知っている。それでも、自分の痛みを苦しみを押さえつけてでも、いつだって他人のために心を砕いてる。こんなにも優しい人を、私は傷付けたのだ。




「ごめんなさい、エレジー。それから来てくれて、ありがとう」


 私の感謝と謝罪に、エレジーは暫く押し黙って何かを考えているようだった。


「どうして一人で出掛けたのか、後で幾らでも言い訳はお聞きしますが、これだけは言っておきます。二度と、私を置いて行かないで下さい。私の知らないところで、いなくならないで下さい……私はまだ、貴女と共にこの世界で『生きて』いたいのです。ディアナ」

「っ……」


 私はその言葉の意味を理解して、初めて彼に身体がないことを本気で悔やんだ。いま、どうしようもなくエレジーを抱き締めたかった。まだ、貴方のことを何も知らない。私に何が出来ているのかも分からない。もしかしたら、何も出来てはいないのかもしれない。それでも今ここにいて、生きていたいと、そう言ってくれたことが何より嬉しかった。



「ありがとう」



 もう一度、あらゆる感情を詰め込んで、その一言だけを告げた。優しく握られた手に、彼がそっと微笑んだのが見えたような気がした。







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