16-1



「私ってば、本当に馬鹿ね……」


 前の時とは同じてつを踏むまいと、きちんと酸素のつ時間を余裕をもって設定してから出発したし、時間内に目的の物も手に入れた。それなのに、このザマだ。砂嵐で立ち往生とは、やはり『外』を甘く見ていたということなのだろう。


 こうして待っている間にも、刻一刻とタイムリミットは迫っている。今この瞬間、リスクを承知で砂嵐の中に飛び込んだとしても、時間内に街へ生きて辿り着けるかどうか怪しいところだ。子どものように膝を抱えて、小さく息を吐いた。こんな砂嵐の中を飛び出して行けば、方角を間違えた挙句あげくに見当違いの場所へ出て、結局時間切れということになりかねないが、ここで諦めて朽ちるのを待つだけよりはずっとマシだ。




 覚悟を決めて、シェルターの扉に手を掛けた瞬間だった。


「ディアナっ!」


 この場で聞こえるはずのない声が、聞こえた。


「う、そ……」




 慌ててシェルターの扉を開けると、砂と共に何かが文字通り転がり込んできた。最低限の運搬機能だけを搭載した探索機だ。それに酸素ボンベが積まれ、ハウスキーパータイプのロボットアームがちょこんと乗っていた。


「私の声が聞こえますか?話せますか?動けますか?」


 ロボットアームがこちらに伸びてきて、ペタペタと異常がないかを確認する。矢継ぎ早の質問に目を白黒させながら、私はしっかりと頷いた。


「まだ大丈夫。身体機能に問題はないわ」

「良かった……」


 かすれたような声で落とされた呟きに、彼の泣きそうな表情が見えたような気がした。代わりにダラリと力なく垂れたロボットアームに、何だか私の方が泣いてしまいそうになった。


「馬鹿じゃないですか、貴女っ……『外』に身一つで出るなんて、死にたいんですかっ?貴女の姿が消えていることに気付いた時、私がっ、私がどんな気持ちだったとっ!」




 エレジーの悲痛な叫びを聞いた瞬間、自分がどれだけ手酷てひどい裏切りをしたのか自覚した。私はパートナーを切り捨てて、本当に、死ぬかもしれなかったのだ。そして私のために、大事な人の心を、損なうかもしれなかったのだ。そう思うと、今更のように身体が震えた。


「っ、ごめんなさい……ごめんなさいっ」


 後から後から涙が零れて、不意にヘルメット越しに、こつりと小さな硬い音が響いた。


「せっかく今日はこんな紛いものでも腕があったのですが、ヘルメット越しでは格好がつきませんね……貴女はよく泣きますから、これは本気でDOLLの運用を考えるべきかもしれません」


 戯けたような口調で言葉を落とすエレジーの声は、まだ少し震えているような感じがしたけれど、私は気付かないフリをしてその優しい金属の手に頬を寄せた。ヘルメット越しで、これも格好がつかなかったけれど。




「どうして、ここに?」

「……『前回』の時の記録を漁ったのです。ここで発見されたと。正直賭けでしたが、他に思い当たる場所もなかったもので……お義父上を亡くされていたのですね。私は良く考えもせずに、あの資料を手渡してしまって」


「あんな情報だけで、何も分かるはずないもの。私が臆病者だっただけなの。ずっと言えなかったし、言う必要もないと思ってた。ううん、私の汚い部分を貴方に知られたくなかったの。本当は、今の私を形作ってるものなんだから、言わなくちゃいけないの分かってたのに」

「私も、貴女に言えていないことが沢山ありますよ。ディアナ」


 私達は、顔を見合わせて小さく笑い合った。




「どうやら、大暴露大会が必要みたい」

「大会かどうかはともかく、私達には言葉が足りな過ぎたようですね。嵐が止むまで、貴女の話を聞かせてくれますか?」


「ええ。帰ったら貴方の話もね」

「勿論です。聞き苦しい話になるとは思いますが……それで、貴女の目的は果たせたのですか」


 私は頷いて、ずっと手に握り締めていたものを彼に見せた。


「旧式のAI端末……お義父上のものですね」


 全てを理解したらしいエレジーに、私は頷いた。そうして私の罪を語った。




 意識を失った私を救いに来たのは義父だった。後からリンネ局長から聞いたことだけれど、私が手違いの依頼を受けて『外』に向かったことを知り、血相を変えて飛び出して行ったらしい。最後に私のパートナーからのデータ送信があった位置から場所を特定し、酸素欠乏症で倒れた私を発見した。幸いギリギリのタイミングで間に合ったことで、酸素を分け与えることで奇跡的に一命を取り留めた私を抱いて、ヘルヴストの街へと走った。


 しかし残りの酸素量から、どう足掻あがいても一人が街に戻るだけの酸素量しか残っていないことを理解した父は、一度シェルターに退避して気を失っていた私を目覚めさせた。混乱する私にほとんど全ての酸素を与えて『助けを呼んで来なさい』と街に送り出した。


 私は訳も分からないままに街へと走った。足がもつれて転んで立ち上がって走って。それを繰り返すうちに、義父が死を覚悟して私を送り出したことに気付いた。それでも走り続けなければいけなかった。這ってでも街に辿り着かなくてはならなかった。それだけが、義父の助かる唯一の道だったから。




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