15-3

「行くにしても、あと数時間で夜が明けます。それを待ってからでも。それに、ゲートで調達できる物資ではいささか心もとないのではありませんか」

「……分かってる」


 私は呟いて、目の前に展開された仮想スクリーンから『Receive Request』のボタンを迷いなく押した。それ以上、パートナーは何も言わなかった。私がそう、望んだから。いつも通り無機質な軽い電子音を立てて、その依頼は私のものになった。




 これがAICOへの依頼でないことくらい、内容を一目見た瞬間から分かっていた。このヘルヴストの『外』に存在したらしい、AI管理下の通信拠点の位置を特定し、出来る限りの調査をしてくること。そもそも『外』に出る必要がある時点で、それは人間向けの仕事である可能性は限りなく低かった。ただ、かつて存在した位置を記した地図はあるし、外を歩く訓練も受けている。そんなに難しい依頼じゃない、と自分で自分に言い訳する。


 私は顔を上げて、ヘルヴストの街を再び駆け出した。街の外れ、ゲートを目指して。外の世界と唯一繋がるゲートには、普段は無人のしょがあった。そこで防護服に着替えて、酸素ボンベをかつぐ。酸素量が半分近くなったら、パートナーが教えてくれる。そうしたら引き返せば良いだけだ。




 パートナー認証で詰め所のセキュリティを潜り抜け、防護服に袖を通しながら、ふと自分は何をやっているのだろうと思った。フルフェイスのヘルメットのようなものを被り、狭まる視界の中でそっと、私と『外』を隔てる最後のゲートを撫でた。ここから一歩出れば、私を守ってくれるのはこの防護服一枚きりだ。そう思うと、途端にこのゴツゴツと分厚く重い服が、ペラペラとした頼りないもののように感じられた。


 それでも、と。私は闇に沈む外の世界を見据えた。どんなに醜悪な姿でも、そこにしかきっと自由は無いのだと、私は信じた。


 ボタンを押せば、呆気なくゲートは開いた。暫くは砂地が広がっていて、丘を越えれば未だ見ぬ『外』の世界が広がっているはずだった。そうして私は丘の上に立ち。




 そこで、地獄を見た。


 否、それは地獄の跡地、とでも言うべき場所なのかもしれなかった。いずれにせよ、こんな世界のどこにも自由などないのだと、私に悟らせるには十分な威力を持っていた。ところどころ残る建物や通りの痕跡が、確かに人の生きていた事実を訴えかけてくる。足元でパキリと踏み折れたものが、何の骨かなど考えたくもなかった。


 私は夢遊病者のように死者の街を歩いて通った。一歩踏みしめる度に、何百何千という人々の墓を踏み荒らしているのだと自覚して、その醜悪に吐き気がした。考えてはいけない。何も、考えては。私は私の仕事をするだけだ。淡々と粛々と、通信拠点の場所を探すのだ。


 ただ、その場所を探すのには大分難儀させられた。至るところが砂と瓦礫に埋もれ、どこがどの通りで建物だったのかはほとんど分からなかった。ようやく見付けたその拠点は街の端に存在したようで、比較的大規模な施設だった。中に入ってみると、ところどころ砂で埋もれているところはあっても無事なままの部屋もあり、装備などを見るに、ここは恐らく軍事施設だったのだろうと納得させられた。半分地下にあることもあってか損壊している箇所も少なく、砂を完全に取り除いてメンテナンスさえすれば、また何かの拠点として利用することは可能かもしれない。ただ、恐らくこの依頼をした者が期待しただろう通信機器類やAIに関しては、完全に死んでいて使い物になりそうになかった。




 仕方のないことだろう、と溜め息を吐いて写真を幾つか撮って頷いた。もう十二分に気分転換にはなったし、当初の目的であった情報収集も済ませた。外を見れば、っすらと空が白み始めていて……白み始めていて?ハッとして時間を確認すれば、既に当初の予定時刻を大幅に上回っていた。むしろ、これは。


 ぐらり、と立ちくらみがする。まずい。上がりそうになる呼吸を必死に抑えながら、私は出口に向かって急いだ。何とか足早に歩きながら端末を確認すると、当然のごとく圏外になっていて、更にパートナーも強制停止状態に陥っていた。どうして考えもしなかったのだろう。私達の街から遠く離れて『外』に出れば、通信断絶が起こるのは分かっていたけれど、パートナーは当然のように端末内にいるから大丈夫なものと思っていた。軍事拠点の付近は、こんな風に何らかの妨害が起きること普段の冷静な時なら想定できたはずなのに。




「えっ……」


 ガクリ、と。不意に足から力が抜けて、私はその場に崩れ落ちた。足が動かない。呼吸が苦しい。頭が割れるように痛む。嘘、でしょ。まだ、死にたくない。死にたく、ないっ。


 無意識に伸ばした指先が、空を切る。薄れ行く意識の中で、ひどく懐かしい声を聞いたような気がした。







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