5-2



「ユリアンさんは、どうだった?」


 私がポツリと落とした言葉に、彼女はハッとして顔を挙げた。


「彼は、貴女のマスターは……最期の瞬間に、本当にそんなことを望んでた?」

「っ、ユリアンは」


 彼女は目を伏せて俯いた。その肩が、微かに震えているように見えたのは、きっと気のじゃなかった。


「……きっとね、家族だったから、だと思うよ」

「どう、して……」


「ユリアンさんとビアンカさんは、仲の良いご兄妹きょうだいだったのでしょう?きっとお互いに何でも理解し合えてると思ってたんじゃないかな。それが、自分達が一番お互いに譲れないことですれ違って、それできっと後戻りできなくなてしまったんだと思う。どんな他人に対して正直であるよりもね、一番身近な人、一番認めて欲しい人に対して、素直であることの方が、ずっと難しいことなのよ」

「でも、だからって」


「ビアンカさんは」


 私は彼女の言葉を遮って続けた。ああ、熱くなっているな、と。心のどこかで冷静に見ている自分がいた。やっぱり、他人事のように語るなんて、私には出来なかった。どうしたって感情移入しすぎてしまう。まだまだ未熟者だなと、少し苦笑してしまいそうになる。


 でも、これで良いんだ。どうしようもなく未熟な私でも、それでも本物の感情をぶつけなければ、本当の意味で相手の心を動かすことなんて出来ないから。


「彼女は、ユリアンさんと仲直りしたがっていたわ。それでもね、怖かったのよ。本当に真正面から拒絶されるのが、何より怖かったの。誰より大切な、家族だったから」


 彼女は私の言葉に、黙って耳を傾けていた。




「それでも、彼女はユリアンさんの最期の言葉を聞きたいと願った。それでどんなに傷付くことになっても、受け止めるって。もう逃げないって、決めたのよ。だから私は、命懸けで貴女を探した。私は私の信念に従って、ここにいる。さあ、貴女は、どうする?」

「私、は……」


 迷うような瞳で黙り込んでしまった彼女に、私はそっと言葉を続けた。


「……彼女ね、もう母親なのよ」

「えっ」


 目を見開く彼女に、やはり知らなかったのかと、慎重に言葉を紡ぐ。




「子どもが出来て、家族を失うことの恐れを、親が子を思う強さを知ったの。そうしてご両親を亡くして、家族を喪うことの痛みを知って……もう、貴女の知っている、自分勝手な何も知らない、子どものビアンカじゃないのよ。それでも、変わらないものはある。それは、きっと貴女にも分かるでしょう?」


 踏み込むように、彼女の瞳を覗き込む。依頼主から聞いていた通りの、澄んだハシバミ色の瞳は、泣きそうに揺れているように見えた。


「ユリアンさんは、最期に彼女を許そうとした……ううん、きっと謝ろうとしたのね。たった一人の大切な家族だもの。きっと、幸せでいて欲しかった。そうでしょう?」


 それがきっと、彼女にとっての最後の砦だった。


 アンネリーゼは、苦しそうに表情を歪めて、歪な笑みを浮かべてみせた。




「……私達AIは、自分のために涙を流すことができません。今までそんなこと、気にしたこともなかったし、むしろ合理的な存在だとすら思っていました。何かが欠けた時に、涙と言う形で痛みを表現できないことが、こんなに苦しいことだなんて知らなかった……知りたく、なかったっ」



 それは、どんな涙よりも哀しくて、痛々しい慟哭どうこくだった。彼らの『感情』を作った人は、きっとひどく優しくて……そしてひどく、残酷なひとだと、思った。




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