5-1

 *


「拒否します」

「えっ」


 これにて一件落着、と思いきや、世の中そう上手くは行かないもので。


 無事に回収した端末は、情報保護のために一時的なロックが掛かっていただけで、中のデータ……つまり、ユリアンさんが亡くなる前のAIの『記憶』は無事だった。


 呼び出されたAI、アンネリーゼは短い金髪でハシバミ色の瞳に、どことなく素朴な雰囲気の女の子。それが、私達の目的を知った瞬間に、ぞっとするほど冷たく硬質な声で拒絶した。それはAIの性格は、あくまでマスターの好みに合わせて設定、プログラムされたものに過ぎないのだという大前提を思い出させられて、どことなく複雑な気分になった。




「その、理由を聞かせてもらっても良いかしら」

「私が貴女にお答えしなければならない理由がありますか」

「……あまり言いたくないのだけれど、一時的に『管理者権限』が与えられているの」


 正直に言えば、その権限を振りかざして彼女に協力を強いるのは、私の望むところではなかった。それは彼らの『心』を踏みにじる行為に他ならないから。それでも脅迫めいた物言いしか出来なかった、私の言わんとしているところを理解したのか、彼女は渋々と言った感じで口を開いた。


「ビアンカは、私達を……ユリアンを裏切ったのです。自分勝手に家を飛び出して、家に取り残された家族がどんな思いで帰りを待っていたかも知らないで。ユリアンはたった一人でご両親の面倒を見ていました。それでも家はずっと暗い雰囲気のままで」


 言葉を切ったアンネリーゼは、悔しそうな表情で俯いた。




「ユリアンは、私をもったいないくらい大事にしてくれました。私もその恩返しをしたいと、精一杯努めては来ました。それでも……ビアンカの代わりにはなれなかった。彼の心の隙間を埋めることは出来ても、所詮はヒトとAIです。本当の家族になんて、なれない」

「っ、そんな」


「上っ面の言葉なんて要りません。私はこの身で経験してきました。いつまで経っても、家族は壊れたままでした。やがて、ご両親は亡くなってしまって、ユリアンは本当に一人きりになって。葬儀にやって来たビアンカが何も言わずに立ち去るのを、ただ黙って見送ることしか出来なかったユリアンに、私は何も言ってあげられなかったっ」


 アンネリーゼは自分が感情を高ぶらせていたことに気付いたのか、大きく息を吐いて私に向き直った。




「私は、家族を知りません。家族の温もりを、本当の意味では永遠に理解できない。だから、そんな存在が何を言ったって薄っぺらい言葉にしかならないでしょう?でも、ビアンカは違う。たった一人の家族だったのに……どうして、そこまで非情になれるのか、私には分かりません。少なくともユリアンは、最後の瞬間まできっと幸せじゃなかった。だから、彼女だけ救われて幸せになるなんて、そんなことは許せない」


 彼女の言葉は、私の胸に重く響いた。私は少し考えて、真っ直ぐに彼女を見詰め返した。


 AIグラス越しに見える彼女の姿は、瞳の揺れだとか微かな呼吸だとか、そういう細かい仕草は反映されないし、そもそもAIにそんな微細な感情表現は存在しないはずだった。それでも、こうして瞳の奥を覗き込めば、少しだけ彼らの本質に近付けるような気がする。


 AIも、人間も関係ない。いま、目の前に傷付いて、苦しんで、揺らいで。そうして助けを求めている存在がいる。決して声に出して助けを求めることができなくても、心の奥底に慟哭どうこくを抱えて。ずっと、誰かを待っている。


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