1-4

 そんな面倒なことはしないで、AIを『リセット』してしまえば良いじゃないかと言う人は多々いるが、これが正しいやり方だと思う。組織としては、まだまだ研究の途上にあるAIの貴重な『経験』というデータを、あっさりと初期化して一から学ばせることは大きな損失だと考えている。人間と同じように、それぞれの知識と経験に基づく個性を持ち合わせているからこそ、将来的に多様な問題に対処できるようになるだろうと。


 それは実にもっともだと思うけれど、私はもっと単純に人道的な問題として、勝手に彼らを『リセット』することが許されるとは思えなかった。生まれてから今までずっとAIと関わって生きてきて、人格を持ち、意志を持ち、人間と同じように行動する彼らを道具扱いすることは、もうできない。




 長らく私のパートナーだったアレクは、明るい女性型の恋愛プログラムとしてオーダーされ、前の主人のパートナーになった。ところが、その主人は自分でアレクの性格をオーダーしたにも関わらず、その人格を全否定し続けた。毎日毎日、ストレスの捌け口として暴言を吐かれていたらしい。人間に対して行使していれば、確実に犯罪である行為を重ねられ、しまいには『もう要らない』と端末を廃棄された。AIの意識の本体は、政府管轄のサーバー内にあるため端末を破棄されてもAIが消えるわけではないが、人とAIを繋ぐのは端末だけだ。文字通り棄てられたアレクは、救助要請を出すこともなく感情プログラムが自己凍結状態になっているところを、エラーとして検出されすくい上げられた。


 私のパートナーとして配属された時は機械的な決まった応答しかしない、本当に大戦前の『ロボット』同然の状態だったから、地道に会話とバグフィックスを重ねた。少しずつ物理的にも精神的にも、プロテクトを解除し心を通わせ、本来の人格を取り戻したアレクは、こちらまで元気になるような明るくて気配りの出来る女性だった。




 私達AICOの職員には、音声のやり取り用のインカムの他に、AIを実体化して見るためのAIグラスが支給されていて(本来、自分で買おうと思ったら割と高価なのだけれど)それを通して見るアレクは、これまでのパートナーの中でも、飛び抜けて感情表現が豊かだったと思う。いつも楽しそうにしていて、美しい花を見れば声を弾ませて、からかえば頬を膨らませて拗ねて、依頼遂行中に自分と似たような境遇のAIに出会えば苦しそうに眉を下げて。


 朝起きて寝るまで、文字通りずっと一緒にいた。眠れない夜は夜通しおしゃべりしたり、そろそろダイエットでもしたらどうかと小言を言われたり、彼女いわくデニスのような『悪い虫』がつかないように目を光らせてみたり、生活の全てに彼女がいて。




 ……ダメだダメだ。パートナーの『マスター』たる私が、こんな風に揺れていてどうする。私は彼女の社会復帰を喜ぶべきなのに。


 これから会うことになるAIは、アレクとは全く別の意識と性格を持った存在で、私なんかよりずっと不安を感じているはずで。そして、ここに送られてきているということは、間違いなく深い傷を抱えているということで。


 しっかりしなくちゃ、と自分をふるい立たせる。ここで思いつく気分転換に、真っ先に『仕事の消化』が挙がるあたり、十二分にAICOに毒されていることを自覚する。職場に備え付けの端末に届いていた、パートナーがいなくても文書のやりとりや報告のみで達成できる依頼を分類して対応。いくつかの報告書を仕上げて、といういつものルーティンを無心でこなし、達成感に一息吐いたところでタイミング良くアラームが鳴った。


 時間だ。これからパートナーとなる相手と対面するべき時が来た。この瞬間を待ち望んでいたような気もするし、恐れていたようにも思う。いずれにせよ、もう後戻りは出来ない。立ち上がり、いつもはカウンセリングに用いられる面会室に向かって歩き出す。




 AICOにおけるパートナーは、事前に互いに関する情報を全く知らないままに対面することになる。先入観を持たずに関係を始めるためだとか。もちろん、パートナー関係を結んだ後は、いくらでも互いの情報にアクセス出来るようにはなるのだが。


 だから、この瞬間には相当に緊張することになる。少なくとも、私は。これから長いこと、事によっては年単位での付き合いで、毎日顔を合わせて行動を共にすることになるのだから。


 目的の部屋のドアノブに手を掛け『ディアナ・ローゼンハイム、入室申請』と呟けば、軽い電子音と共にロックが外れる。息を吸い込み、思い切ってドアを開ければ、誰もいなくて拍子抜けする。小さく息を吐きながら入室すれば、デスクの上にポツリと置かれた端末が目に入った。




 ああ、そうか。新しいパートナーなんて久し振りのことだから、手順を完全に忘れていた。


 そっと端末を手に取る。慣れ親しんだ重みと、無機質でつややかなフォルムが手に吸い付くようで。この端末の電源を入れれば、現在スリープ状態で端末内に待機しているAIが、私のパートナーが目覚める。



 覚悟を、決めよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る