*


 ゾンマーは、フリューリンクとはまるで異なる夢の街。平たく言えば、享楽(きょうらく)の街だ。


 特に夜は、他の街ではほとんど聴くことのできない音楽がそこかしこで奏でられ、客引きの男女で大通りが賑わう。もう見慣れたものだけど、最初に来た時には幼い私には刺激が強すぎて、思わず立ち尽くしてしまったのを覚えている。


 ただ、ここは逆に昼に来ると情報を集めるのがかなり難しい。酒の酔いと街の熱気に当てられて、夜には口の滑りが良くなる人々も、昼間は人一倍警戒心が強くて厄介だ。何より、昼間になると皆どこに消えてしまうのか、見つけるのがそもそも困難なのである。


 だから、仕事終わりに羽を伸ばしに来た人々に紛れて情報収集するのが、一番手っ取り早いのだけれど。




「お嬢さん。そこの綺麗な、亜麻色の髪のお嬢さん」

「っ、私?」


 まさかこの制服を着ていて呼び止められることがあるなんて、思いもしなかったために声が裏返ってしまう。


 人々の間をすり抜け、時には人々の『中』をすり抜けながら隣を歩いていたエレジーが、心なしか険しい表情を浮かべて私の前に出た。でも、AIグラスを掛けていない人がほとんどの中、もちろん客引きの彼もそんな無粋な品はつけておらず、エレジーの姿は見えていない。




「もちろん。そんなに綺麗な髪の色、他にいないでしょう?どうですか、仕事の合間に休憩でも」

「あの、私は」

「あーダメダメ、新入り!そいつは絶対に、仕事中にハメ外したりしないから。ちょうど良いから、その髪の色で覚えとけ。ディアナ嬢ちゃんだ」


 道の向こう側から、見知った顔のおじさんが彼に声を掛ける。


「おっ、ディアナが来てんのか!そいつは鉄壁だぞー何たって『純潔の乙女』だからな」

「ねー、どこかの『王子様』に、ずっと操(みさお)立(だ)てしてんのよ。信じらんない!」

「な。だぁーれもその『王子様』を知らないと来た。だぁーれも、だ」




 いつの間にか私達を取り囲んで、好き勝手にワイワイと騒ぎ出したこの街の住人たちに、相変わらずだと頭を抱える。これはもう、さっさと用事を済ませて抜け出すに限ると声を張り上げた。


「あの!ドミニクさんを探してるんだけど!」


 私が叫んだ瞬間、その空間だけシンと静まり返る。どことなく気まずい沈黙に、やはりかなりのマズい案件なのかと心配になってくる。


「あーその、ドミニクはね。うん」

「アイツは今、なぁ……」


 困ったような表情と声で交わされる会話に不安は募る。




「……何かマズいことに首突っ込んでたりするのかしら」

「いやいや、そういうわけじゃねえんだ。ただ……女に振られちまったらしくてさ。荒れてるんだよな。今までになく」


「もしかして、それ絡みの調査か?」

「うん、まあ、そんなとこ」


 本当のところを言えば、もう少し事態は深刻なのだが、私はとりあえず頷いておいた。




「嬢ちゃんも、ある程度は調べてるだろうから知ってるとは思うが、アイツ実はでっかい商会の元締め?か何かの一人息子なんだよ。それが物好きな奴で、女好きが長じてこんなトコで客引きやってるってワケ」

「この時代、働かざる者食うべからずですからね。本当にフラフラ遊び歩いているよりはまだマシってことで、黙認されてたみたいなんですけど。これがホント腹立つことに、モテるんですよねぇ。いや、まあ、性格は良いんですよ?」


「ただ、そろそろ身を固めろってことで見合いさせられたらしいんだけどよ、その見合い相手の『良家のお嬢様』ってのに、ぞっこんになっちまったらしくて。トントン拍子で婚約まで漕ぎ着けるかって時に……」

「振られた、と」


 皆がうんうん、と痛ましそうな表情で頷く。




「あの荒れっぷりは、ねぇ」

「珍しく本気だったからな」


「なあ、嬢ちゃんどうにかしてやってくれねえか?」

「ええ、俺達からも頼みますよ」


「「「「早くどうにかしないと、俺らの仕事がなくなる!」」」」

「……はい?」




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