9-1


 *


 彼らが何を言っているのか正直サッパリだったのだけれど、彼と会って理解した。


「何、キミが俺のこと呼んでるって?俺、基本的に指名は受け付けてないんだけどな。それもAICOの人?んー、でも」


 彼はどこか猛禽もうきん類を思わせるような、鋭くわく的な瞳を、ズイと近付けて私を見詰めた。


「キミなら、良いかも。嫌いじゃないよ、むしろ好み」


 エレジーが非情に物言いたげな表情で腕組みをしているのに、気付けば何故か私が冷や汗をかきながら一歩距離を取ってしまう。



 件のドミニク氏は、確かに皆の言う通りとんでもない色男で……そして、盛大に沢山の女性を侍らせていた。いつもはそんな派手な真似はせずに、慎ましやかに(?)一人の女性とお酒を楽しむのが彼の流儀らしく、仕事中は相手をしているお客以外には誰に会おうと見向きもしないという徹底ぶり。


 そんな風に完全に一対一で女性を丁重に扱う、ある意味『健全な』仕事をモットーにしている彼が、こんな風にのべつまくなしに女性を引っ掛けることは初めてのことらしい。



(確かにこれは、仕事がなくなることを心配するわけだわ……)


 話を聞いた時には大袈裟な、と思っていたけれど、店の一画を占拠して怪しい雰囲気をかもし出しているその集団は、両手の指で数えきれない数の女性達で構成されていた。一見さんお断りなのか何なのか、馴染みのない顔にAICOの制服という組み合わせの私を、思い切り睨みつけていらっしゃる。怖いので、本気でやめて頂きたい。



「捜査にご協力頂きたいのですが」


 何とか毅然とした表情を取り繕って告げる。


「なんだ、仕事か……でも、女性をないがしろにするのは俺の主義に反するから、良いよ。何でも答えてあげる。何かな、聞きたいことって」

「行方不明者の件です」


 端的に告げれば、彼の表情ががらりと真剣なものに変わった。




「……ごめんね、みんな。ちょっと込み入った話になりそうだから、俺は先に帰るよ。今度連絡して、絶対埋め合わせするから。俺のこと、心配してきてくれてありがとう」


 残念そうな表情を浮かべながらも、物分りよく神妙に頷く女性達に、正直驚かされる。今日の彼女たちは、どうやら本当に彼が心配で来ている面々だったらしい。他の女性に振られて落ち込んでいるところを、これだけの女性に慰められる人って、と気が遠くなりそうだ。


 その場を離れて暫く歩くと、ドミニクさんは真摯しんしに頭を下げた。




「ありがとう。彼女の件、君が調べてくれてるんだね」

「いえ、これが仕事ですから。捜索依頼が来たのも今日ですし、調査を始めたばかりですから、ドミニクさんにお話を伺いたくて」


 見た目よりずっと真面目な人なのかもしれない、と意外に思う。女性達からもあれだけ慕われているのだから、ただの女たらしというわけでもないのだろう。


「AICOが動いたってことは、やっぱりアイツが犯人なのか」

「心当たりがあるんですか?」

「彼女の家だって、アイツだって確信があったから捜索願いをAICOに出したんじゃないのかな?君だって話は聞いてるでしょ。彼女の……フリーデリカのパートナー、アベルのこと」




 フリーデリカ・フィッシャーは、戦前から続く由緒正しい家柄のお嬢様で、この時代では本当に稀少な『働かなくても生きていける人』である。何でも代々政府機関の中枢を勤めるお家柄とか何とかの箱入り娘とのことで、それなのに何故か本人たっての希望で政府のどこかの部署で働いてはいるらしい。


 今回のドミニクさんとの縁談は、親同士の付き合いですんなりと纏まりかけていたらしいが、ある日突然フリーデリカさんは姿をくらませたらしい。それも『他にお慕いしている方がいるのです。その方と幸せになります。どうか探さないで下さい』という手紙を残して。


 婚約は本決まりではなかったとは言え、明らかにそれを嫌がって逃げ出したとあれば、どちらの家にとっても醜聞になる。それを恐れて暫くは独自に足取りを追っていたらしいが、遂に限界を感じて公共機関に頼ることにしたらしい。それが警察でなくAICOに回ってきたのは、警察沙汰にしたくなかったというのは勿論あるのだろうけれど、最も有力な犯人と目されているのが彼女の『パートナー』のアベルというAIなのである。






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