9-2


「絶対さ、アイツだって」

「いや、まだ、そうと決まったわけでは……」


「だって、他にいるはずがないんだよ。彼女は政府に勤めてるけど、それだって行き帰りはメイドが送り迎えしてる。それになまじ良家のお嬢様すぎて、職場でも誰にも話し掛けてもらえないんだって言ってた……所詮はお飾りの役職を与えてもらっただけ、って。寂しそうに」


 ドミニクさんは、その時のことを思い出したのか、苦々しそうな表情を浮かべた。




「彼女は俺みたいに自由に外を出歩けるわけじゃない。だから、俺が彼女を外の世界に連れ出してあげたいって思ったんだ。俺の手で幸せにしたい。その、いつも寂しそうな顔を、満面の笑顔にしてあげたいって。絶対に笑顔が似合うはずなんだ。とても綺麗ななんだよ」


 柔らかい口調でフリーデリカさんのことを語る彼からは、本当に彼女のことを想っているのだということが切々と伝わってきた。


「でも、彼女の心が俺に向いてないことは、知ってた。フリーデリカはいつも、俺と会う時にはパートナーを、アベルを連れてくるんだ」


 ふと、その表現に引っかかりを覚えた。




「その、連れてくる、とは?」

「ああ、ごめん。AICOの人なら知ってるかな『DOLLドール』っていう、好事家連中とかお年寄り向けのAI用ボディ」


 もちろん知っている、と言うかこちらでも支給している。主にお年寄りとか医療機関用だけれども。AIが稼働させることのできるボディの一つで、人間に限りなく近い容姿が売りの製品だ。服を着て立っていれば、遠目には人間と見分けがつかないけれど、少し近くに寄れば明らかに作り物だと分かる。それでもより『人間らしさ』をAIに求める人々には重宝されている。地上では割とよく街中を歩いている姿が見受けられる。


「あれってさ、ちまたに出回ってるのは工場で作られてる量産品でしょ。まあ、少しは人の手も入ってるけど、やっぱりクオリティは低いよね。ハンドメイドに比べると」

「でも、ハンドメイドの技術者も……技術そのものも全部失われたって」


 私の言葉に彼はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。




「それがさ、まだ存在したんだよ。完全に特注で、完璧なDOLLを作る職人……『人形師』がさ。金持ち向けの芸術品ってとこかな、これがもう、とんでもない高値で売れてさ。まあ、その人形師も最近消息がつかめないとかで親父が焦ってたけど……っと、話がズレたけど、そもそもウチとフリーデリカの家が縁談をって話になったのも、ウチの商会がその特注DOLLの仲介をやったからなんだけど」


 彼の表情に、ああ、と何となく話は読めた。


「それがフリーデリカのAI、アベルのためのDOLLだったんだよね。彼女は本当にアベルを大事にしててさ、昔から話し相手もそのアベルと使用人の……ゲルダ、とか言ったっけ?とにかくその二人しかいないらしくて、俺に話をしてくれる時は大抵その二人の話なんだよね。彼女が他に話せることはないの知ってたし、何より彼女が楽しそうだったから黙ってたけど、ちょっとジェラシーだよね」


 おどけたように肩を竦めてみせたドミニクさんは、それでも誤魔化しきれない寂しい表情を浮かべていた。


「で、そのアベルがフリーデリカと一緒に逃げたらしい。わざわざDOOLの身体でだよ?本気で見つからないことを優先するなら、アベルは生身の身体なんてない方が良い。DOLLの人間離れした容姿は目立つからね。それをDOLLごと逃げたっていうんだから、イヤでも色々想像しちゃうよね?これは駆け落ちだと思うよ」


 落ち着いた声で断言して、彼は深い溜め息を吐いた。




「別にね、AIだからどう、とか言うつもりはないよ。そりゃ、悔しいし、やりきれないけど。でも、誰が誰を好きになろうと自由だし、何より好きな女の子には幸せでいて欲しい。他の男に心が向いてる彼女を奪って、無理矢理結婚したいとも思わないよ」


 私とエレジーは思わず顔を見合わせた。彼は本当に自分のポリシーに忠実な人間なのだと、ある意味感心させられた。自分の想いを押し殺してまで、相手の幸せを願える人間なんて、そうはいない。それも、フリーデリカの相手はAIだ。恋愛プログラムのような疑似恋愛はともかく、AIとの本気の恋愛は、基本的に不毛なものとする否定派が大多数を占めるのに。


「でもさ、俺との結婚が嫌なら、面と向かってそう言って欲しいんだ。どうして俺じゃ駄目なのか、どうしてアベルじゃないと駄目なのか。そうでなくちゃ納得できないよ、さすがに」


 ドミニクさんはこちらに向き直って、真剣な表情で告げた。




「君達はフィッシャー家の依頼で動いてるんだろうけどさ、俺からも頼むよ。どうか、フリーデリカを見つけて欲しい。それで、話をさせて欲しいんだ。そうじゃなきゃ、きっと俺は前に進めないから」


 泣きそうな表情で、それでも力強く前を向いた彼の眼差しに、私はしっかりと頷いた。




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