10-1



「AIとの恋は、本物だと思いますか」



 暫く黙りこくっていたエレジーが、そんなことを口にした。




「綺麗事だと言われるかもしれないけど、当事者が信じているなら、きっとそれは本物なんだと思う。それが例え、他人から見たら、滑稽な恋愛遊戯にしか見えなかったとしても。それに今となっては、AIと人間の違いなんて、些細な違いになってきてるのかもしれない」

「大いに違いますよ」

「でもそれは、貴方の価値観だもの」


 私の言葉に、エレジーはハッとしたように口をつぐんだ。




「だから、これも私の価値観。こういう問題は正しいか間違っているかで、綺麗に分けられるものじゃないと思ってるから」

「……私には、彼らの愛が同じ価値を持つとは到底思えません。何よりも、あれが同じ『愛』だとは思えないのです。アベルとフリーデリカさんの愛は、ひどく自分勝手なものに思えます。それに対して、ドミニクさんの愛は、私にはとても尊いものに思えました」

「愛の形にも、色々あるのよ。愛はどこまでも自分勝手なものなの。でも同時に、人をどこまでも優しくさせるのが愛なのよ」


 エレジーは私の言葉に少し考え込んだ後、ポツリと問いを落とした。




「……貴女も、恋に身を焦がして、冷静さを失うことがあるのですか?」


 その質問は、あまりに不意打ちで、私の記憶の奥底を揺さぶった。


「どうかしら。でも、恋は……もう、いいの」


 冷静な表情を取り繕いながら曖昧に言葉を濁して、内心はみっともないくらいに動揺していた。私にとって、甘やかで幸せで身を焦がして心を捧げた、たった一つの恋は、いつだって私の罪と隣り合わせにあったから。


 エレジーは、私の内心の動揺に気付いていただろうか。きっと気付いていたのだろうけれど、それ以上は何も聞かないでいてくれた。




「AIと人間の違いとは、何でしょうか」


 代わりに口にされた問いは、あまりにも道すがらの話題にしては難しいもので、私は思わず苦笑してしまった。


「……私には分からない。それはきっと、人類がこれから先ずっと考えていかなくちゃいけない問題だと思う。でもね」


 私は少し前を歩くエレジーの手を、そっと握った。握るフリをした、というのが正しい表現だろう。私の手は、いつも通り空を切っていたから。それでも。


「こうやって触れることは出来なくても、その姿が単なるデータの集合だとしても、貴方は偽物なんかじゃない。貴方が感じていること、考えていること全て、貴方だけの『本物』よ。私は何度でも貴方を肯定する。貴方が根負けするまで……それが、私の信念だから」


 エレジーは驚いたように目を見開いて、やがてふわりと微笑んで、そっと私の手を握り返した。


「貴女は、困った人ですね」


 その笑顔があまりにも優しかったから、私は思わず視線を奪われてしまった。だから、唐突に立ち止まったエレジーに、私は頭から突っ込みそうになるところだった。




「着きましたよ……どうしたんですか、ディアナ?」

「ううん、何でもないわ……それにしても、とんでもない豪邸ね」


 前時代的と言うべきか、貴重な地上の土地を大きく食っている『いかにも』な豪邸は、正直に言えば送迎なんて必要なのかというくらい政府庁舎の目と鼻の先にあった。


 小さく息を吐いて気を取り直すと、どうにも落ち着かない気分でドアベルを押した。


「はい」

「事前に連絡しました、AICOサポート課のディアナ・ローゼンハイムと申します。フリーデリカさんの件でお伺いしたいことがあるのですが」

「少々お待ち下さい」


 通信が切れると、暫くして屋敷の大きな扉が重々しく開き、事前に入手していた情報通りの容姿の女性が顔を出した。




「ようこそお越し下さいました。私、当家使用人のゲルダと申します。本日は折角来て頂いたのですが、当主が席を外しておりまして」

「いえ、ゲルダさん、ですよね。貴女におうかがいしたいことがあるので、お時間頂けますか?」


 彼女は僅かに眉を跳ね上げたが、丁重な姿勢は崩さずに頷いた。


「私にお答え出来ることでしたら、何なりと。客間でお待ち下さい。お茶をお持ちします」


 長い話になるかもしれなかったので、私は素直に頷いて通された客間で彼女を待った。そこはご多分に漏れず品良く、更に質も良さそうな調度でまとめられた空間で、彼女が淹れてきてくれた紅茶も巷で出回っている戦後主流の代用品ではなく本物の茶葉だった。


 私は正直味も分からないまま、申し訳程度に紅茶を呑んで口を湿らせると、この空間に呑まれてしまう前にと早速話を切り出した。

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