10-2

「今回の件ですが、誘拐というのはやはり考えられないのですよね?」


「はい。残されていた手紙は確かにお嬢様の筆跡でしたし、もしも誘拐ならばアベルが何も手がかりを残していないというのも考えにくいでしょう。アベルのDOLLが消えているので、自発的に出て行った、と見るべきでしょうね」

「ドミニクさんが仰っていたのですが、これはアベルさんとフリーデリカさんの駆け落ちだとか。ゲルダさんも、そう思われますか?」


 私の質問に、彼女は微かに眉を顰めてこちらを見返した。


「あの方にお会いになったのですね……さあ、一介の使用人である私には、何とも申し上げられません。ただ、状況から考えるならば、そういうことなのかもしれませんね」


 私とエレジーは素早くアイコンタクトを交わした。クロ確定、とまではいかなくても、彼女には確実に何かがある。




「ゲルダさんは、フリーデリカさんお付きの世話係だと伺っているのですが?」

「……それもドミニク様からの情報ですか。如何いかにも、そうですけれども」


 こちらが何も知らないで来たわけではないらしい、と彼女が警戒心を強めるのが分かった。


「フリーデリカさんの逃亡を、貴女が手助けしたのではないですか?」


 私が直球で質問すると、隣でエレジーが呆れたような表情を浮かべるのが見えた。ただ、彼女の意表を突くことには成功したようで、表情を強張らせているところを見ると、やはり何も関係ないというわけではないらしい。


「……とんでもございません。何を根拠に、そのようなことを」

「ドミニクさんから、フリーデリカさんが貴女とアベルさんのことばかり話していたと伺ったものですから。貴方がた二人の話をしている時が、一番に楽しそうだったと。実際、公私の立場を超えて近い仲だったのではないのですか?」

「お嬢様が、そのようなことを……確かにお嬢様は時折、私に話し相手となることを望まれましたが、私以外に年の近い者が周囲にいらっしゃらなかったからだと思います」


 微妙に話をすり替えて来たゲルダさんに、こちらも質問を変えてみることにする。




「フリーデリカさんが日頃アベルさんに想いを寄せていたのか、分かりますか。今回、本当にアベルさんと駆け落ちしたのか。他にお相手はいなかったのか」

「さあ、そこまでは。ただ、他に思い当たるふしはありません。職場でも、そのようなお相手はいらっしゃらないようでしたし、行き帰りは私が送迎を務めさせて頂いておりますので。お嬢様が、とりわけアベルを大事にされていたのも事実です」


 私はアベルさんのくだりよりも、聞き捨てならない情報に顔を挙げた。


「貴女がフリーデリカさんの送り迎えを?」

「ええ」


 私の質問に、全く動じることなく彼女は頷いた。ただ、それがあらかじめ準備されていた返事のような気がしたのは、私の先入観の所為せいだろうか。


「お嬢様がいなくなられた日も、私が職場までお送りしました。いつも通りの時間にお迎えにあがったのですが、職場の方が『今日は家の用事があるから早退すると言っていたが、聞いていないのか』と言われまして。恥ずかしながら、そこから失踪が発覚したという次第です」

「ゲルダさんは、その日はどちらに?」

「こちらで、いつも通り屋敷のお掃除など、使用人としての仕事に従事しておりました。その日のことは、他の使用人に聞けば詳しいことが分かるかと思います。よろしければ、話を聞けるように手配致しましょうか」


 私は首を振ってきっぱりと断った。




「いえ、必要があれば自分で足を運びますので、お気遣いなく。アベルさんがいつ屋敷から消えていたかは分かりますか?どこで見掛けた、などの目撃情報は?」

「彼は使用人の一人として認識されているので、動いていてもあまり気にしているものがおりませんから、確実な時間を把握している者はおりませんでした。こちらでもある程度は調べたのですが、手掛かりが見付からなかったためAICOに調査を依頼した次第でして」


 何となく逆手に取られたような気がしつつ、チラリとエレジーに視線を向けると、彼は首を横に振ってみせた。確かに、潮時かもしれない。


「お時間を取らせました。貴重な情報提供、ありがとうございます。Mrミスター.フィッシャーにも、よろしくお伝え下さい」

「いえ。大したお力になれず、申し訳ありません。お嬢様が無事にお戻りになるためならば、どんな協力でも惜しみませんので」

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