7-2
ここのところ、三食しっかりと食べているから体重が心配だったけれど、エレジーがしっかりバランスを考えてくれている上に、彼の作ってくれる食事が楽しみすぎて買い食いが減ったことで、かえって身体が引き絞れてきていた。その上、決まった時間に寝起きして、朝早く起きるようになったことで仕事の効率が上がったり、
(私は、何か返せているかしら?)
思いを巡らせてみても、彼の役に立てているとは到底思えなかった。彼と時間を過ごした分だけ、どうして彼が前のマスターである『教授』から素っ気なくされていたのかが分からなかった。そういう性格のマスターだったのだろうか。それすらも、まだ彼からは聞き出せていないのが現状だ。
『私と一緒に探して下さい』
あの時、確かに彼の心に触れたと思った。いつもなら、躊躇いなく相手に踏み込んでいるはずの頃合いなのに、どうしてか今回ばかりはどんな距離感を保てば良いのか、どんなタイミングで彼の痛みに触れれば良いのか、完全に見失いかけていた。
きっとそれは、彼が『人間』に近すぎるからだ、と。近頃はそんなことを思っている。会話を重ねる程に、彼はAIとしての
彼は、エレジーは、どう考えても異質な存在だった。彼が他のAIと同じプログラムの
私にはプログラムを読み解く知識はないし、かと言って他人の手にエレジーを預けてあれこれと解析されることだけは絶対に嫌だと思っていた。彼を『道具』のように扱うことだけは、私の
つまりは、そこで行き詰まった。結局のところ彼が話してくれない限りは、彼のことを知ることはできない。ままならないな、と思う。
ただ、何の解決にもなってはいないけれど、もう少しこのままでも良いかもしれないとは思っている。二人で少しずつ重ねている穏やかな日々は、少なからず彼の表情を柔らかくしているように見えたし、何より私にとってひどく心地が良かった。皆と同じように十歳でこの職に就いてから、初めてまともに休息を取っているような気がしていた。
カウンセラーとしては怠慢なのかもしれない。でも、それでも。
(あと、もう少しだけ、このままで……)
エレジーが食器を片付けている微かな音の中で、ゆるりと温かな
『じりりりりんっ』
その幸せをぶち破る、古臭く耳障りな呼び出し音が鳴り響く。
「はいはい、世の中そう上手くは行かないわよね……」
ぼやきながら、ささっと髪を整えると、意識して顔を作る。
相手は分かっている。こちらの様子を窺っていたエレジーに頷いて見せると、パッとスクリーンが目の前に展開され、
「ディアナ・ローゼンハイムです」
「あー……休日に済まん。仕事だ」
「心得ております」
いつもの事なので、駄々を
「詳しいことは依頼書としてお前のパートナーに送るが、どうにもややこしい案件でな。まぁ、あれだ。ざっくり言うと『行方不明のお嬢様を探せ』ってとこだ」
「……はい?」
かくして私の平穏な休日は、脆くも崩れ去ってしまった。
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