2-3

「ディアナは、何か好きなものはないのですか?」

「好きな、もの……」


 色々とありすぎて困るくらいだけれど。この世には、素敵なものが溢れているから。でも、そうね。


「あったかくて、おいしいご飯、かな」


 私の言葉に、エレジーがこらえ切れずに吹き出した。


「ちょっと、そんなに笑うとこ?」

「いえ、そう来るか、と思いまして。ご心配なさらずとも、食い意地の張ったマスターのために、毎日温かくて美味しい食事をご提供しますよ」

「何て言うか、色々と心外よ……」




 そんな軽口を叩き合いながら、今日はパートナーがいるおかげで元のようにフリーパスだ。今日はいつもより早めに出社できたため、人気の少ないオフィスを縫って、今日からどんな風にエレジーと仕事を進めて行こうかと考える。


 私のパーテーションに辿り着くと、いつも通りかなりの数の依頼が届いていた。この依頼、基本的にはAICOに送られて来た全ての依頼を、管理部のAIが職員の適正とこれまで受けてきた依頼の傾向・処理速度などから分析して、無理のないように配分されている。ただ、年々依頼の数が多くなっているのは、私の勘違いじゃない。そろそろ、サポート課の増員を要請するべきだな、と考えつつ、いつものように依頼の分類から始めることにする。




「この依頼の山、仕分けするの手伝ってくれる?」

勿論もちろんです。基準は、どうしましょうか」

「基本的には、依頼解決に掛かりそうな時間で分けてるかな。メッセージを送るだけで済みそうなものは、朝で片付けるフォルダの方に。通信で依頼主と会話する必要のありそうなものは、昼までに片付けるフォルダの方に。実際に現地に赴く必要のありそうなものは、長期の依頼フォルダに。かかる時間は関係なしに、期限があったり緊急性の高そうなものは私に知らせて」

「はい。今の所、緊急性の高そうな案件は御座いません。一目でメッセージのみで良いと思われた依頼八件は、既に『朝』のフォルダに振り分けておきました。残りは今から精査致しますので、途中で他にやるべきことがありましたら、遠慮せずにお申し付け下さい」

「分かったわ。ありがとう」


 AIはやはり仕事が早い。エレジーに遅れをとらないよう、私は私の仕事をしなければと端末に向き合う。やはり仕事が事前に分類されていると、効率が高くて助かる。何から順番にやろうか、と頭の中で予定を組み立てる作業は、存外と時間をとられるものだ。


 幾つかには定型の文章で、残りには依頼者の問題に対して丁寧な回答を作成して、最後のメッセージの送信ボタンを叩いて達成感の一息をいた。時計を確認すれば、まだ一時間ちょっとしか経っていない。嬉しさに顔が綻ぶのを感じつつ、グイと伸びをする。




「ディアナ」


 柔らかい声音で呼び掛けられ、湯気の立つコーヒーが目の前に置かれる。


「ありがとう」

「いえ」


 職場に備え付けのロボットアームを、ゆらゆらと揺らしながら、エレジーはアームを返却しに戻っていく。




「彼、君の新しいパートナーでしょ?初日から存在感凄いんだけど。本当に新人?」


 声を潜めて尋ねてきたデニスに、私の功績などでは全く無いのだが、少しだけ誇らしくて笑みを浮かべる。


「前職は、恋愛型プログラムよ」

「うっそだろ……現場じゃ、一番使えないって話じゃなかったのかよ……」

「その迷信、早く無くなることを祈ってるわ。アレクだって恋愛型だったもの。AIもそれぞれ、ってことよ」


 頭を抱えたデニスに、ちょうどエレジーがロボットアームを返却し終えて、人型で戻ってきた。




「おや、デニス。どうかしましたか」

「君が有能そうだね、って話をしてただけ。ディアナ、聞いてくれよ。君が仕事してる間に、彼ってば職場の人間に挨拶回りして、君のデスク周りの掃除までしてたぜ?」


 さすがに私は目を丸くしてエレジーを見詰めた。


「あの、何か問題がありましたか?これからお世話になる職場なのですから、挨拶回りは必須かと思いまして。デスク周りも、それほど汚れていませんでしたので、気持ち程度ですが」

「ごめんなさい、全く気付かなかったわ……私も、一緒に挨拶回りに行くべきだったかしら」

「いや、そこなの?仕事始めに挨拶回りとか、そんな昔気質むかしかたぎなAI聞いたこともないよ。っていうか、君のパートナーって本当にAI?」

「ええ。正真正銘、ただのAIです。そんなことよりも、デニス。貴方のパートナーが、あちらで物言いたな顔でこちらを見ていますが」


 エレジーの言葉に、デニスは恐る恐る振り返って顔色を変えた。




「やっべ、サボってるのバレた。またあとで!」


 慌ただしく去っていくデニスを、呆れて見送り、ふとエレジーと視線が絡む。


「あの、余計なことをしましたか?」


 少し不安気に揺れている瞳に、私は微笑んで首を横に振った。


「とんでもない。ありがとう。迷惑だったらその都度言うから、貴方は貴方の意志で自由に動いて」

「はい」




 安心したように表情を和らげるエレジーに、職場で共に働くパートナーとして申し分なさすぎるくらいだと感じた。ある意味デニスの言う通り、どうすればこんなに処理能力が高くて、気配りも出来て、家事もこなせる恋愛型AIが生まれるのだろうと首を捻る。


「少し休憩したら、依頼主との通信を始めましょうか」

「それでしたら、休憩時間と面談の準備時間を鑑みて、今から二十分後にアポイントメントを取ってあります。休憩時間は、その程度で足りますか?」

「!……ちょうど良いくらいよ。ありがとう」


 ここでも先回りされていた事に驚きつつ、今日からは今までよりずっと早く帰れそうだと思った。




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