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「私のログに対して、何か質問はあるかしら」

「いえ、特には。シンプルで、綺麗なものですね。ずっとこちらにお勤めですか」

「ええ。政府の規定通り、十歳から」


 軽く相槌あいづちを打って、彼は小さく首を傾げた。


「お気を悪くさせたら済みません、と先に断っておきます。人事の方から、ベテランが付くと伺っていたので、もう少し年配の方かと想像していました」

「若い職員は、初めて?」

「ええ」


 珍しい事もあるものだと思う。どの職場でも、今や十代の若者であふれていると言うのに。まあ、彼の場合は、歴代のどの主人とも長い付き合いを保っているようだから、AICOに回されることもほとんどなかったのだろう。




「大戦前は違ったようだけれど、今は完全な実力社会だから。ベテランかどうかの判断は、こなした依頼の数と成績で判断されるのよ。そもそも、私なんか二十歳をとっくに過ぎてるんだから、年齢的に言ったってベテランになってなきゃマズいわ」


 彼は納得したように頷いた。特に私の年齢と見た目から侮ったりするような調子は、全く無かった。純粋に疑問に思っただけのようだ。


「ありがとうございます。さて、貴女からの質問の方が、色々とあるのではないですか」

「ええ。でも、気楽にしていて。その方が私も話しやすいから」

「心得ていますよ」


 そう言って微笑み、ゆったりと脚を組む姿はひどく様になっていて、視線を奪われそうになるのを必死で堪える。


「恋愛プログラムが始まった時から稼働……随分と長いのね。貴方の方がよっぽどベテランじゃないの」

「そう、とも言い切れませんよ。人の心は、年数や経験を重ねても、我々には本当の意味では理解できない」


 半ば諦念を滲ませて落とされた言葉に、私は続けようとした言葉を呑み込んだ。彼は『感情』否定派なのか。




 あくまで、この心は偽物。まがい物。作られた、もの。


 そう自己認識し、自らが人間に近付くことは出来ないと、完全に割り切っているAIだ。ここで私の個人的な考えと、彼の考え方を戦わせても何も始まらない。彼を否定するような言葉を、慎重に避けて会話を進める必要がある。


 もう一度、ログに視線を落とすと、最終行に気になる文言を見つけた。


「ハウスキーパータイプの端末、駆動状態で保護?」


 思わず呟いてしまった一行に、彼は困ったような笑みを浮かべてみせた。




 ハウスキーパータイプの端末は、どちらかというと端末と言うよりも一昔前に想像されるようなロボットの、小さいものを思い浮かべてもらえると良いだろう。最近では家事全体が全自動になって、AIはその管理をしているだけというケースも多いのだが、少し前まで最低限のボディとアーム、車輪だけで動くロボットを利用してAIが家事そのものをになっていた。


 それに自分を移した状態で、道端に突っ立っていた、ということなのだろうが。意図が全く読めない。


「いったい、どうして」

「……雨に打たれていれば、壊れることが出来るかと思ったんです」

「……防水加工されてるのに?」

「今思えば馬鹿なことをしました」


 私は先程の認識を、早急に改めるべきだと思い直した。これは恐らく、相当な重症だ。




 AIの中でも、本当の『自殺願望者』は少ない。そもそも、そういうことを考えることがないように作られているからだ。ただ、精神の部分が学習と経験によって高度に発達したAIは、その精神に深い傷を負った時に『死』を考えるようになる。


 それは酷く、厄介な話だ。彼らにとって、本当の意味の『死』は存在しない。彼らの肉体は壊れても、いくらでも交換できる。意識を自己凍結しても、無理やり解除することは可能だし、自らを『デリート』することも『初期化』することも許されてはいない。


 更に、AIには最も基礎的な命令として『人間のために行動する』というものが刻まれており、それを無視する最たる形である『死』を『消滅』を願うことは、AIの意識が危険な状態を示していることは明らかだった。それも声を荒げたり、気を高ぶらせたり、自分の中に閉じこもることなく、静かに願う。こんな事例は初めてで、どうすれば良いのか見失いそうになるが、いつだって正解なんてものはないのだと自分を叱咤しったする。




「私は、何故ここに?」


 初めて彼から発せられた問いかけに、安堵の息を吐きながら焦らずに返事を返す。


「あなたみたいに保護されたAIは、ここに来るのよ」

「私は、廃棄を望みました。だから『デリート』されるものだと思っていたのですが」


 私は首を横に振った。


「余程のことが無ければ、あなた達が廃棄されることはないの。ここでカウンセリングを受けて、大抵が社会に戻っていく。そういう風に、法規制されている。私は自己凍結していたAIのカウンセリングもした。実際に『初期化』された例なんてほとんど聞かないし、ましてや『デリート』された例なんて」

「なるほど」


 低い声に、背筋がゾクリとした。場を支配する重圧が、彼は独立した、一つの思考する生き物であると言うことを知らしめてきた。




「我々には、たとえ望んでも自由に死ぬ権利すらない、と」


 それは私達『人間』を責めるというよりも、自嘲するような口振りだった。


「ならば、せめて、どうすれば初期化されることが出来ますか」

「修復不能なまでに、貴方が狂って、自分の内部のプログラムを破壊し始めたら、あるいは」

「そんなことは不可能だと、貴女にも分かってるはずですよ。システムに欠陥がない限りは、AIが狂うなんてことは出来ない。制御システムが常に働いているからです。こうして正常に会話できている以上、私のシステムは残念ながら万全だ。そもそも欠陥のある個体は、生産段階で弾かれますし」

「……つまり、何が言いたいかというと、あなたが初期化される可能性はほぼゼロってことよ」




 本当の事を言えば、彼が狂ってしまう可能性は大いにあったし、そういう事例だって過去に存在した。彼は、とうに最初に作られた時の、厳重なプロテクトを破壊しているはずで。


 彼は自分自身が、どれだけ『進んだ』AIであるのかということを自覚していない。今の所、それだけが救いだった。



 これが、私が彼に吐いた、最初の嘘だった。



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