4-3

 瓦礫を掻き分けながら、ユリアンさんのサポートAIの名前を呼ぶ。特に期待していたわけではなかったけれど、やはり返事はない。そもそも正常に稼働しているならば、最初の捜索の時に発見されているはずだった。私はエレジーのナビを受けながら、慎重に周囲の瓦礫を退かしていった。


「リッター氏の名義で登録されているサポートAIの位置情報を、確かにこの空間で確認しました。ただ、やはり通信環境が悪すぎて正確な場所までは……」

「とりあえず、完全に壊れてるわけじゃなさそうって、分かっただけでも上出来よ。それより、こんなに通信の悪い場所で良く地上と連絡が取れたわね」

「電気系統に運命論を語るのもおかしなことですが、きっとそれが最後のささやかな幸運だったのでしょう」

「そう、ね……」


 私達はまた黙々と手を動かすことに専念した。ただ、いくら退けても瓦礫の山だけが気の遠くなるほどに積み重なっていて、タイムリミットが刻一刻こくいっこくと迫る中、焦りばかりが先立つ。それでも、私が引き受けたことだ。自分の仕事には最後まで責任を持つこと。それだけが私が自分に課した使命であり、誇りでもあった。




「……貴女は、どうしてそんなにも必死なのですか」

「これが私の仕事だからよ」

「本当にそれだけですか」


 エレジーの質問に、今まで一度も作業を止めなかった手が、一瞬だけ止まった。私は内心の動揺を押し殺しながら、質問に質問で返す。


「どうして、そんなことを訊くの」

「私には理解できないからです。どうして自分の命を危険にさらしてまで、残っているかどうかも分からない死者の声を求めるのですか。それも他人事ひとごとだと言うのに?」


 私は彼の声に応えようとして、自分の中にも答えがないことに気付いた。




(……ううん、私は知っているはず)


 知っている、はずだった。今まで目を背けようとしてきたこと、そのものだった。

 私の贖罪しょくざい、そのものだった。


「きっと、死者の声だから」


 エレジーは決して急かすことなく、静かに私の答えを待っていた。いつかアレクが、AIはいくらでも待つことができるのだと言ってたっけ。


「だから、どうしても彼女に届けたいの」

「……それが彼女にとって、残酷なことかもしれないのに?」


 分かっている。これはきっと、私のエゴでしかない。死者の望みなんて、本当のところは誰にも分からないんだから。それでも信じていることがある。伝えたいことがある、から。




「私達は、どんなに苦しくても、どんなに残酷な答えが待っていたとしても、彼らの最期の声を……願いを聞かなくちゃいけないの。そうやって罪と向き合って、自分と向き合って、悩みも苦しみも切なさも大切な想い出も、全部背負って生きていかなくちゃいけないの。そうしないと、いつまでも過去から抜け出せないまま、一歩も動けなくなってしまうから」

「ディアナ……」


 それは、私の懺悔ざんげだった。きっとログには書かれていなかった、それでも私の人生の全てを埋め尽くしたまま色褪せない、過去の残響。何も知らないだろう彼に、胸の内を吐き出してしまったことを申し訳なく思いながら、気持ちを切り替えなければと息を吐き出す。


 闇雲に探すだけじゃ、きっといつまでも見つからない。その時どんな状況だったのか、まずは冷静に考えなくては。かつて、研修中に言われ続けて来たことだ。どうして、そんな基本的なことを今まで忘れていたんだろう。感情移入しすぎて、余裕がなくなっていたのだと、今更ながらに気付いて苦笑する。




 ユリアンさんが発見された時、彼は鉄骨に脚を挟まれて身動きが取れなくなっていたところを、崩落した角材に押し潰されて息を引き取っていたらしい。周囲を見渡せば、確かに角材と鉄骨の折り重なっている場所で、人が暴れたように地面が掻き乱されていた。


 この鉄骨に脚を挟まれた状況で、どうやって連絡を取るだろう?エンデの住人で、AIグラスとインカムをいつも身に着けてる人なんてほとんどいない。手で持って使うのが普通だ。AIの姿がいつでも可視化されているのなんて地上だけで、ほとんどが音声だけの存在だから。


(だとすれば……)


 もう一度しゃがみ込んで足元を探り始めた私に、エレジーが焦燥を滲ませた声を掛けた。




「逃げて下さい、ディアナ。重機が来ましたっ」

「……後少し、待って。絶対ここにあるの」

「ディアナ!」


 私はエレジーの叫びを無視して瓦礫を退かし続けた。絶対に、ここにあると信じて。


 もう時間がない。事故現場で重機を動かして撤去作業を行うのは、本当に基礎的な意思疎通しかできない低レベルなAIだ。ここから出て、止まってくれと叫んだところで作業を止めてくれるはずもない。彼らにできるのは、主人からインプットされた命令を忠実にこなすことだけ。つまり、これが最後のチャンスだ。


 もう音がすぐそこまで迫っている。端の方は既に崩され始めているようで、微妙なバランスで保たれている崩壊を免れていた足場が、嫌な音を立てて傾ぐ。


「待ってくれ!ここに人がいるんだっ……私のマスターがいるんだ!」


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